《請求する期間の制限》
医療事故のご相談をお受けしていて、最も申し上げにくいのが、時効の問題です。内容をうかがえば調査する価値が十分にあると思われるのに、すでに期間が経過してしまっているという場面が、実際にあります。
ここでは、医療事故の損害賠償請求に期間の制限があること、そして近年の法改正によってその制限がかつてより厳しくなっていることについてご説明いたします。
《医療事故の請求には二つの構成がある》
医療事故で医療機関に損害賠償を求める場合、法律上の組み立て方は二つあります。ひとつは不法行為に基づく請求、もうひとつは診療契約の債務不履行に基づく請求です。どちらで請求するかによって、時効の期間が変わってきます。
人の生命や身体が害された場合、現在はいずれの構成でも、損害及び加害者を知った時から5年という期間が定められています。これに加えて、不法行為の時から20年、債務不履行であれば権利を行使することができる時から20年という期間もあります。
ここで誤解のないように申し上げておきたいのですが、5年と20年は、どちらか長い方を選べるというものではありません。この二つはいずれも守らなければならない期限であり、先に到来した方で権利は失われます。20年があるのだから5年を過ぎても大丈夫、ということには決してなりません。
20年という期間は、何が起きたのかを知ることすらできないまま長い年月が過ぎたような、例外的な場面のために設けられた外側の枠です。ご家族が亡くなられた、重い後遺障害が残ったという事実をご存じである以上、実際に意識すべきなのは5年の方です。以下では、この5年について述べます。
《10年という安全弁がなくなった》
2020年4月に施行された改正民法より前は、債務不履行に基づく請求について、権利を行使することができる時から10年という期間が定められていました。不法行為の3年を過ぎてしまっていても、債務不履行であれば10年あるため、そちらで請求するということが実際に行われていました。
改正後は、この10年という枠組みがなくなりました。人の生命や身体が害された場合については、不法行為の期間が3年から5年に延びた一方で、債務不履行の方は10年から5年に短くなったことになります。どちらの構成をとっても5年です。
つまり、かつて存在した安全弁が、現在はありません。5年を過ぎてしまえば、もう組み替えようがないのです。
《2025年4月以降、現実の問題になっている》
改正民法が施行されたのは2020年4月1日です。それから5年が経過したのが2025年4月でした。
したがって、2020年4月以降に起きた医療事故については、すでに期間が経過している事案、あるいは経過が間近に迫っている事案が、これから次々と出てくることになります。改正から日が浅いため、まだ十分に意識されていないように感じます。
なお、2020年4月より前に生じた事案については、原則として改正前の規定が適用されます。ただし、どちらの規定が適用されるかの判断は単純ではありませんので、ご自身で結論を出さずにご相談いただければと思います。
《5年という期間は決して長くない》
法律の条文だけを見れば、5年は長いように思えるかもしれません。しかし、実際にご家族を亡くされた方、重い後遺障害を負われた方にとって、5年はあっという間です。
ご家族が亡くなられた直後は、葬儀や各種の手続に追われます。気持ちの整理がつくまでにも時間がかかります。何かおかしかったのではないかという思いが形になり、相談してみようと考えるまでに、1年、2年と過ぎていくことは珍しくありません。病院に説明を求め、納得できない回答を受け、どうすべきか悩んでいるうちに、さらに時間が経っていきます。
ご本人が重い後遺障害を負われた場合には、まず治療とリハビリが生活の中心になります。そちらに専念していて、法的な責任を考える余裕などないというのが実情です。
《出産事故では5年は短い》
出産に関わる事故では、この問題が最も深刻な形で現れます。
分娩時の低酸素脳症による脳性麻痺などの場合、お子さんが生まれた時点で障害の程度がはっきりするわけではありません。発達の過程を見ていく中で、少しずつ明らかになっていきます。そして、ご両親は、この子は成長とともに追いついてくれるのではないか、もう少し様子を見たいと考えられます。これはごく自然なお気持ちです。
そのように見守っておられるうちに、5年はすぐに過ぎてしまいます。お子さんが小学校に上がる頃になってようやく障害の重さが明確になり、そこで初めて法的な責任を考え始めるというのでは、期間の点で手遅れになりかねません。
なお、損害賠償請求権はお子さん自身の権利ですが、親権者がおられる以上、お子さんが成人するまで期間が進まないということにはなりません。成人してから考えればよいというものではないのです。
産科医療補償制度を利用される場合も、原因分析報告書が届くまでには相当の時間がかかります。報告書を待ってから考えようとしているうちに期間が迫る、ということがあり得ます。
《症状固定の時期がはっきりしないという問題》
後遺障害が残った場合、期間の起算点は症状固定の時と考えるのが実務の扱いです。しかし、この症状固定の時期自体が、明確でないことが少なくありません。
交通事故であれば、自賠責保険の手続の中で症状固定の時期が定められ、後遺障害診断書が作成されます。ところが医療事故の場合、そうした手続がありません。治療が長く続き、どこが区切りなのかはっきりしないまま時間が経過していくことになります。
ご自身の感覚で、まだ治療中だから期間は進んでいないはずだと考えるのは危険です。後から振り返れば、あの時点で症状固定であったと判断される可能性があるからです。
《過失が分からなくても、期間は進む前提で考える》
ご相談の際によくうかがうのが、医療に問題があったかどうかは素人には分からない、資料を見て初めて分かることではないか、というお話です。これはそのとおりです。診療記録を取り寄せ、文献を調べ、協力医に意見を求めてはじめて、どこに問題があったのかが見えてきます。
そのため、法律上の起算点である損害及び加害者を知った時というのは、調査を終えて過失の内容が判明した時なのではないか、という考え方が出てきます。実際に、そのような主張がなされることもあります。
しかし、この主張が通るかどうかは分かりません。裁判所が、死亡した時点、あるいは症状固定の時点で期間が進み始めていたと判断する可能性は十分にあります。そして、その判断が出てしまえば、もはや取り返しがつきません。
ですから、実務的には、死亡時あるいは症状固定時から期間が進んでいるという前提で動くべきです。調査がまだ終わっていないから大丈夫だろうという見通しは、持つべきではありません。
《期間が迫っている場合にできること》
期間の経過が迫っている場合でも、方法がないわけではありません。
まず、訴訟を提起すれば、期間の進行は止まります。判決で権利が認められれば、そこから新たに期間が進むことになります。
訴訟ではなく、民事調停を申し立てるという方法もあります。これも訴訟の提起と同じように期間の進行を止める効力があり、調停が不成立となった場合でも、終了から6か月の猶予が与えられます。医療事故でも調停によって解決に至ることは実際にありますので、事案の性質によっては有力な選択肢になります。
交渉を続けている最中に期間が迫るという場面では、医療機関との間で協議を行う旨の合意を書面でしておくことによって、進行を一定期間猶予する制度が役に立ちます。また、医療機関が責任を認めている場合には、その承認によって期間が新たに進み始めることもあります。
そして、最後の手段として催告があります。医療機関に対して書面で請求をすれば、その時から6か月間は期間が完成しません。内容証明郵便によって行うのが通常です。ただし、これはあくまで6か月の猶予にすぎず、その間に訴訟の提起などをしなければ、猶予期間の経過とともに権利は失われます。しかも、猶予されている間に重ねて催告をしても効力はありませんので、6か月を繰り返して引き延ばすことはできません。期間の直前に駆け込みで時間を作るための手段と考えるべきものです。
いずれにせよ、こうした手当てをするには、期間が経過する前でなければなりません。経過した後では、どうすることもできないのです。
《最後に》
診療記録を入手し、内容を検討し、協力医の意見を求め、医療機関と交渉するには、どうしても時間がかかります。調査だけで1年近くを要することもあります。期間の経過が目前に迫ってからご相談をいただいても、十分な検討ができないまま提訴に踏み切らざるを得ないことになりかねません。
何かおかしかったのではないか。そうお感じになった時点で、まずはご相談ください。結果として請求をしないという判断に至るとしても、期間を気にしながら急いで決めるよりは、はるかによい形で結論を出すことができます。
