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判例情報・出典
京都地裁令和4年3月9日判決 認容額約3923万円(全額認容・確定) 開頭血腫除去術後の鼻出血による気道閉塞・気管挿管義務違反

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎
神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

年金受給者の男性(年額約265万円の老齢基礎厚生年金を受給)。 平成28年1月4日、頭痛を訴えて被告病院の時間外外来を受診し、頭部CT検査で脳内出血の所見が認められ入院した。 慢性リンパ性白血病の診断を受けていたが、出血傾向はなく、脳内出血との因果関係はあまりないとされた。 入院後、脳出血に起因する失語症や不穏状態(ベッドから起き上がろうとする等)がみられ、プロポフォールによる鎮静が行われていた。

判例要旨

被告医療法人が開設する病院に脳内出血で入院していた患者が、開頭血腫除去術を受けた当日夜間に、継続的な鼻出血による血液の気道への垂れ込みで気道閉塞を生じ、急性呼吸不全により死亡した事案である。

患者の相続人である原告ら(妻及び子3名)が、当直医であった被告医師には鼻出血の止血や気管挿管による気道確保をすべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があるとして、被告医療法人に対し債務不履行又は使用者責任に基づき、被告医師に対し不法行為に基づき、損害賠償を請求した。

裁判所は、午後10時30分以降のバイタルサインの経時的悪化(SpO2の持続的低下、頻脈、頻呼吸)から鼻出血の継続による気道閉塞の兆候が出現しており、当直医は10分から30分おきに看護師から報告を受けていたことから、遅くとも翌日午前0時の時点で気道閉塞を具体的に予見することが可能であったと認定した。しかるに当直医は看護師に対して経過観察を指示する以外の措置をとっておらず注意義務違反があるとして、原告らの請求を全額認容した(認容額合計約3923万円。確定)。

争点

(1)被告医師に気管挿管を行うべき義務違反があったか(急性呼吸不全の原因、気道閉塞の予見可能性、気管挿管の適応を含む)

(2)原告らに生じた損害の額

重要な判示(過失)

<急性呼吸不全の原因>
裁判所は、①手術室から鼻出血後の血液の咽頭への垂れ込みに注意が必要との申し送りがなされていたこと、②担当看護師が午後10時54分の時点で窒息の危険因子があるとカルテに記載していたこと、③午後9時30分以降継続的に鼻出血が口腔内に垂れ込んでおり、午後11時・11時30分にも口腔内に血液の貯留が認められたこと、④バイタルサインが午後10時30分以降時間の経過とともに悪化していったことを認定し、急性呼吸不全の原因は鼻出血の咽頭への貯留による気道閉塞であると認定した。

被告らは、慢性リンパ性白血病が急性呼吸不全の一次的原因であると主張したが、裁判所は、鑑定書にその根拠の記載がなく、主治医も出血傾向はなく脳内出血との因果関係はあまりないと述べているとして排斥した。脳内出血の再出血による中枢性呼吸抑制の主張についても、再出血や中枢性呼吸抑制が生じたと認める証拠がないとして退けた。

<気道閉塞の予見可能性>
裁判所は、午後10時30分以降のバイタルサインの推移を詳細に分析した。SpO2は午後10時30分に酸素投与量を増量しても94%を超えることがなく、心拍数は午後10時30分から正常値を超えて徐々に増加し午後11時45分以降は100以上の頻脈となり、呼吸数は午後11時以降20回/分を超え翌日午前0時15分以降は頻呼吸が認められた。当直医は10分から30分おきに看護師から報告を受けていたことから、遅くとも翌日午前0時の時点で気道閉塞を具体的に予見することが可能であったと認定した。

<気管挿管の適応>
被告らは、①酸素療法や吸引処置で対応可能であった、②バイタルサインは周術期の正常値であった、③不穏状態で気管挿管が困難であった、④気管挿管には専門家の呼出しが必要で現実的でない、⑤気管挿管は侵襲性が高くリスクがある、⑥プロポフォールの添付文書は気管挿管を必須としていないと主張した。

裁判所は、①については看護師らの処置でもSpO2が95%を超えず医師の指示どおりの酸素増量も行われていなかったとして不十分と判断した。②については周術期であるからバイタルサインが正常値を下回っていたとはいえないとした。③についてはプロポフォールで鎮静中であったから困難とはいえないとした。④については気道閉塞の可能性がある以上、気管挿管の態勢を整えておくべきであったとした。⑤については気管挿管をしなければ呼吸不全により死亡するおそれがある場合には救命を優先すべきとした。⑥については気道確保の方法に気管挿管が含まれるのは当然であるとした。

<カルテの信用性>
裁判所は、看護師のカルテ記載について、修正前の記載を基本的に信用できると判断した。理由として、担当看護師が自己の担当患者に対して執った措置について他の看護師の記憶がより正確であるとは考え難いこと、担当患者の死亡という重大な事態の記録であり最初の記載の際に正確さに十分注意を払っていたはずであること、看護師4名で対応した事実を記憶違いとして削除したとは考え難いこと、午後10時54分の記載(窒息の危険因子あり等)はその時点での認識をそのまま記載したものであり削除する理由が見当たらないことを挙げた。

重要な判示(因果関係・損害)

<因果関係>
裁判所は、急性呼吸不全の原因が鼻出血による気道閉塞であるところ、気管挿管を行っていればこれを防ぎ、死亡結果が発生しなかったと認められるとして、因果関係を肯定した。

<損害>
死亡慰謝料は2000万円、遺族固有の慰謝料は妻200万円・子各100万円とされた。逸失利益は年金額(年約265万円)を基礎に生活費控除率50%・ライプニッツ係数11年で算定され、約1103万円が認められた。葬儀費用150万円。弁護士費用約356万円。原告らの請求は全額認容され、判決は確定した。

弁護士からのコメント

本判決は、脳内出血の開頭血腫除去術後に生じた鼻出血について、当直医が経過観察の指示にとどめ、気管挿管による気道確保を行わなかったことの注意義務違反を認め、請求全額を認容した事例です。

注目すべきは、裁判所がバイタルサインの経時的変化を丁寧に分析し、SpO2の持続的低下、心拍数の漸増(頻脈)、呼吸数の増加(頻呼吸)という一連の推移から、午後10時30分以降に気道閉塞の兆候が出現していたと認定した点です。被告側は個々の数値が「周術期の正常値」の範囲内であると反論しましたが、裁判所は、周術期であるからこそ正常値を下回っていたとはいえないとし、経時的な悪化の傾向こそが重要であるという判断を示しました。

また、気管挿管の適応に関する被告側の6つの反論をすべて排斥した判断は、術後管理における気道確保義務の範囲を示すものとして実務上重要です。特に、気管挿管をしなければ呼吸不全により死亡するおそれがある場合には、気管挿管自体の合併症リスクがあっても救命を優先すべきであるとした判示は、明快なものといえます。

カルテの信用性に関する判断も注目されます。看護師のカルテが複数回修正されていた本件で、裁判所は、修正前の記載を基本的に信用できるとしました。特に、看護師4名で対応した事実の削除や、窒息の危険を認識する記載の削除について、合理的な理由がないとして、修正後のカルテよりも修正前のカルテの方が事実に即していると判断しました。カルテの修正が義務違反の認定にどのように影響するかを考える上で参考になる事例です。

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