判例集

医療事故

判例情報・出典
大阪地裁令和8年5月20日判決 認容額約3799万円 未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術で説明義務違反と手技上の過失を認定・右片麻痺

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

昭和17年生まれの女性で、治療方針の説明を受けた当時79歳。 被告病院の脳ドックで左右の中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤を指摘された。 動脈瘤の大きさは、右が3.15mm×2.71mm×3.50mm、左が3.8mm×2.6mmと計測されており、いずれも大きく見積もっても3mm台であった。左の中大脳動脈瘤からは、レンズ核線条体動脈が分岐していた。

判例要旨

脳ドックで左右の中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤を指摘された79歳女性が、被告医療法人が運営する病院において、右の動脈瘤に続いて左の動脈瘤に対するステント併用のコイル塞栓術を受けたところ、術後に脳梗塞を発症し、右上肢及び右下肢が完全に麻痺して機能全廃となった事案である。原告は、担当医師の説明義務違反又は術中の注意義務違反を主張し、被告に対し、使用者責任又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を請求した。

裁判所は、担当医師が、実際には3mm台であった右の動脈瘤の大きさを4~5mmと説明して破裂率が18パーセントであると伝え、実際にはレンズ核線条体動脈が分岐していた左の動脈瘤について分岐する動脈はなく血管内治療は安全であると説明していたことを認定し、このような不正確で誤った理解をさせる説明は、手術の必要性と危険性について正確な説明をしなかったことと同視できるとして、説明義務違反を認めた。正確な説明を受けていれば左右いずれのコイル塞栓術も受けなかった高度の蓋然性があるとして、因果関係も肯定した。

さらに、担当医師が左の動脈瘤から分岐するレンズ核線条体動脈を見落とし、ステントを使ってコイルを押し込んだ際に同動脈の入口にかかるところまでコイルを留置して同動脈を塞いだとして、術中の注意義務違反も認めた。認容額は3799万1442円である。

争点

(1)説明義務違反の有無(動脈瘤の大きさ、破裂率、分岐動脈の有無、手術の必要性と合併症の危険性についての説明の適否)

(2)本件手術中の注意義務違反の有無(分岐動脈の把握義務、コイル留置を断念すべき義務)

(3)損害

重要な判示(過失)

<説明義務の内容>

裁判所は、乳がんの術式選択に関する最高裁平成13年11月27日判決と、予防的療法の説明義務に関する最高裁平成18年10月27日判決を引用し、予防的な療法を実施する場合には、経過観察という選択肢も存在し、いずれを選択するかは患者自身の生き方や生活の質にも関わるものであり、選択のための時間的余裕もあることから、医師は経過観察も含めた各選択肢の利害得失を分かりやすく説明することが求められるとした。そして、その説明の前提として、動脈瘤の状態を正確に説明することも当然に求められていたとした。

<担当医師の説明内容の認定>

裁判所は、担当医師が説明の際に患者に示した手書きの図と診療録の記載を重視して、説明内容を認定した。担当医師は、右の動脈瘤については分岐する動脈がある旨を図示する一方、左の動脈瘤については「左→枝ない」と記載し、別の日には「左 リスク 安全」と記載して、左の動脈瘤に対する血管内治療は安全である旨を説明していた。また、治療方針の説明の際には「血管内治療」に星印を付けて蛍光ペンでなぞり、「血管内治療 best」と記載して血管内治療を勧めたほか、「右 4~5mm、不整形、70才以上、中大脳動脈、女」「18%」と記載し、右の動脈瘤の破裂率が18パーセントである旨を説明していた。

被告は、担当医師は左の動脈瘤から分岐する穿通枝の存在を認識しており、穿通枝は動脈瘤のネック部分から分岐していたためドームからの分枝はないと説明したにすぎないと主張した。しかし裁判所は、分岐動脈の存在を説明したことを裏付ける客観的な証拠はないとした上で、担当医師が診療録に「右は、瘤ネック部より分枝あり…左は分枝なし」「左の動脈瘤は枝はなさそうである」と記載していたことや説明図の記載から、担当医師は当時、左の動脈瘤から分岐する動脈はないと認識しており、患者にもその旨を説明したと認定した。

また、被告は、診療録には「右 4~5mm」と記載されているものの、実際には検査結果に基づく正しい計測値を伝えたと主張したが、裁判所は、説明時の図の記載から、右の動脈瘤の大きさを4~5mmとして破裂率18パーセントと説明したと認定した。なお、担当医師自身も、本件手術時の診療録に左の動脈瘤の大きさを3.0mm×3.5×2.5mmと記載していた。

<説明義務違反>

裁判所は、患者の左右の動脈瘤の大きさは大きく見積もっても3mm台であったにもかかわらず、担当医師は右の動脈瘤を4~5mmと実際よりも大きく不正確に説明し、左の動脈瘤からはレンズ核線条体動脈が分岐していたにもかかわらず、分岐する動脈はないと誤った理解をさせる説明をしたと認定した。そして、このような説明は、動脈瘤の状態を正確に説明した上で、破裂率を含む手術の必要性やコイル塞栓術の危険性について正確な説明をしなかったことと同視できるとした。

その上で、動脈瘤は大きいほど治療が推奨される傾向にあるから大きさは療法選択の重要な判断要素であること、小型で、かつ動脈瘤からレンズ核線条体動脈が分岐している中大脳動脈瘤に対するカテーテル治療は、術中破裂や分岐血管の閉塞などの合併症の危険性がその他の症例に比べて非常に高いとされ、これは脳血管内治療の専門家の一般的な認識であることから、分岐の有無はコイル塞栓術を選択するか否かの極めて重要な判断要素であるとした。正確な説明ができなかったことに正当な理由もないとして、説明義務違反を認めた。

<術中の注意義務違反>

裁判所は、コイル塞栓術では正常血管を塞がないようにコイルを留置する必要があり、正常血管を塞ぎそうな場合には留置操作をやり直すなどの対処をとり、それでも塞ぎそうな場合には、その血管が閉塞したときの後遺症リスクと動脈瘤を治療しなかったときの破裂リスクを比較してコイルを留置するかどうかを決めるべきであるとした。本件では、レンズ核線条体動脈を閉塞させればほぼ確実に麻痺が出ることが予見できる一方、患者は70歳以上で動脈瘤も5mm以下であり破裂リスクは低かったことから、担当医師は同動脈を塞がないようにすべき注意義務を負っていたとした。

被告は、ステントを使ってコイルを押し込み分岐動脈の入口にかかるところまで留置した事実はなく、指摘された穿通枝は最終撮影で開通していたから、脳梗塞は他の穿通枝の閉塞等による可能性があると主張した。しかし裁判所は、原告側が提出した意見書において、日本脳神経血管内治療学会の専門医で指導医でもある医師が術中画像を分析し、レンズ核線条体動脈の起始部にコイルが留置されたと明確に判断しており、その判断は意見書に引用された画像により客観的に裏付けられ、誤りがあると認めるに足りる証拠もないとして、被告の主張を退けた。そして、同動脈を塞いだのは担当医師が分岐動脈はないと認識していたために見落としたことに起因するものであり、後遺症リスクと破裂リスクを考慮すると、あえてそのようなコイル留置を行う合理的な理由もなかったとして、注意義務違反を認めた。

重要な判示(因果関係・損害)

<説明義務違反と損害の因果関係>

裁判所は、直径5mm未満の未破裂動脈瘤単発の年間平均破裂率は0.34パーセントとのデータがあり、3mm台の未破裂動脈瘤について脳神経外科の専門家の間で一般的に認識されている破裂率は年間0.5パーセント以下であるとされること、小型でレンズ核線条体動脈が分岐する中大脳動脈瘤に対するカテーテル治療は合併症の危険性が非常に高いこと、説明を受けた当時の患者が79歳であったことを踏まえ、正確な説明を受けていれば左右の動脈瘤に対するコイル塞栓術を受けなかった高度の蓋然性があるとして、説明義務違反と手術による損害との因果関係を肯定した。

<術中の注意義務違反と結果の因果関係>

担当医師がレンズ核線条体動脈を塞ぐことがなければ、脳梗塞、右上肢及び右下肢の麻痺及び機能全廃といった結果は生じなかったとして、因果関係が肯定された。

<損害>

入院雑費は362日間の入院につき54万3000円、入院慰謝料は308万円とされた。後遺障害慰謝料は、右上肢及び右下肢の完全麻痺と機能全廃により随時の介護が必要となったことなどを考慮し、2400万円とされた。

退院後の介護施設等の利用料については、原告は合計345万5067円を請求したが、裁判所は、おやつ代、食費、日用品費、教養娯楽費、理容費、賃料などを除き、介護保険の一部負担額、居住費、福祉用具貸与費用、訪問介護費、リハビリパンツなど介護のために要した実費に限り、125万7537円を認めた。将来介護費も、この実費の1日当たりの平均額1817円を基礎に平均余命10年で算定され、565万7138円とされた(原告の請求は施設利用料全体の日額平均5802円を基礎とする1806万4236円)。

弁護士からのコメント

本判決は、未破裂脳動脈瘤に対する予防的なコイル塞栓術について、説明義務違反と術中の手技上の過失の双方を認め、いずれについても重篤な後遺障害との因果関係を肯定した事例です。

説明義務違反の判断で注目されるのは、説明の「不足」ではなく、説明の前提となる病状の「不正確さ」が問題とされた点です。担当医師は、経過観察を含む複数の治療方針があることや、合併症のリスクがあること自体は説明していました。しかし、裁判所は、動脈瘤の大きさを実際より大きく伝え、分岐動脈がないと誤って伝えた以上、破裂率を含む手術の必要性や危険性について正確な説明をしなかったのと同じであると評価しました。未破裂脳動脈瘤の予防的治療では、破裂のリスクと治療のリスクを比較して治療を受けるかどうかを決めることになるため、その比較の前提となる情報が誤っていれば、選択肢を並べて説明しても意味をなさないという考え方です。本件は、予防的療法の説明義務に関する最高裁平成18年10月27日判決と同じく未破裂脳動脈瘤のコイル塞栓術が問題となった事案であり、同判決の枠組みを説明内容の正確性という観点から具体化した判断といえます。

証拠の面では、担当医師が説明の際に患者に示した手書きの図が決定的な役割を果たしました。「左 リスク 安全」「血管内治療 best」「18%」といった記載から、担当医師が分岐動脈はないと認識し、そのように説明し、血管内治療を積極的に勧めていたことが認定されています。被告は「ネック部分から分岐する穿通枝の存在は認識していた」と反論しましたが、客観的な裏付けがないとして退けられました。説明時に交付された図や書面は、説明内容を示す最も重要な証拠の一つであり、医療過誤事件の調査段階では、診療録とともに患者が受け取った説明資料を確実に確保しておくことが重要です。

手技上の過失については、裁判所は、正常血管を塞ぎそうな場合には後遺症リスクと破裂リスクを比較してコイルを留置するかどうかを決めるべきであるとし、破裂リスクの低い小型動脈瘤で、閉塞すれば麻痺がほぼ確実なレンズ核線条体動脈を塞いでまでコイルを留置する合理的理由はなかったとしました。被告は他の穿通枝の閉塞の可能性を主張しましたが、脳血管内治療の専門医による術中画像の分析が客観的に裏付けられているとして排斥されています。本判決では、手技上の過失だけでなく、小型の動脈瘤の破裂率や、レンズ核線条体動脈が分岐する中大脳動脈瘤に対するカテーテル治療の危険性といった医学的知見についても、原告側が提出した専門医の意見書がそのまま認定の根拠とされています。画像を引用しながら具体的に分析した協力医の意見書が、説明義務違反と手技上の過失の双方の立証の柱となった事例といえます。

損害については、高齢の被害者が介護施設を利用している場合の介護費の算定方法が参考になります。裁判所は、食費や賃料など介護の有無にかかわらず生じる費用を除き、介護のために要した実費のみを損害と認めたため、将来介護費は日額1817円と低額にとどまりました。施設入所中の高齢者の事案では、どの費用項目が後遺障害による介護のために生じたものかを整理して主張立証することが、認容額を大きく左右することになります。

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