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医療事故

判例情報・出典
神戸地裁姫路支部令和7年5月14日判決 認容額約8888万円 腰椎後方除圧術で馬尾神経を切断損傷・後遺障害1級1号

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎
神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

手術当時74歳の女性(昭和20年生まれ)。 長女及びその夫と同居し、要介護4の認定を受けていた。 腰部脊柱管狭窄症の治療のため被告病院を受診し、腰椎後方除圧術を受けた。15年以上前に右大腿骨頸部骨折により人工骨頭置換術の既往あり。

判例要旨

被告市が開設運営する病院において、腰部脊柱管狭窄症に対する腰椎後方除圧術を受けた74歳女性が、執刀医の手技上の過失により馬尾神経を切断損傷され、両下肢麻痺(起立・歩行不能)、重度の膀胱直腸障害、神経障害性疼痛等の重篤な後遺障害(別表第一1級1号相当)が残存した事案である。
患者及びその長女が、執刀医に対しては不法行為責任(民法709条)、被告市に対しては使用者責任(同法715条)又は債務不履行責任に基づき損害賠償を請求した。

手技上の過失があったこと及び被告らの損害賠償責任は当事者間に争いがなく、損害額が主たる争点。
裁判所は、執刀医の注意義務違反の程度が著しいこと、入職から約9か月間で11件の医療事故が検証対象とされたこと、病院の事後対応に不足があったこと等を慰謝料増額事由として考慮し、後遺障害慰謝料3300万円を認定した。将来介護費については介護保険給付分を含む日額約1万3000円を基礎として算定した。他方、入院中の転倒事故については看護師の付添義務違反を否定した。認容額は合計約8888万円。

争点

(1)原告らの各損害(争点1)
 ア 後遺障害慰謝料の増額事由の有無(被告医師の技量、後遺障害の程度、術前説明の適否、病院の監督・安全管理、事故後の対応)
 イ 将来介護費用の算定(介護保険給付分の取扱いを含む)
 ウ 休業損害・逸失利益の有無(家事従事者性)
 エ 加重障害の有無(人工骨頭置換の既存障害該当性)

重要な判示(過失)

手技上の過失は当事者間に争いがないため、裁判所は過失の存否自体を判断していないが、後遺障害慰謝料の増額事由の検討において、過失の態様・程度を詳細に認定している。

裁判所は、被告医師が、出血等により視認性の確保が十分でないにもかかわらず止血をこまめにしないままスチールバーによる骨切除を進め、スチールバーが硬膜に触れて硬膜が裂け、逸脱した索状の馬尾神経をスチールバーに巻き込んで複数本を切断損傷したと認定した。その手技は経験のある医師において危険を感じさせるものであったとされ、注意義務違反の程度は著しいと評価された。
さらに、被告医師は脊椎手術の執刀医としての経験がなく本件手術が初の執刀であったこと、入職から約9か月間で11件の医療事故が検証対象とされたことが認定された。裁判所は、11件があることのみで直ちに執刀してはならないほどの技量不足とまでは認定しなかったものの、被告医師の技量が稚拙であったことをうかがわせ、注意義務違反の著しさを裏付ける事情であるとした。

なお、被告医師は助手のB医師が水をかけすぎたことやスチールバーの使用を指示したことも事故原因であると主張したが、裁判所は、仮にそのような事実があるとしても執刀医としての注意義務違反の程度を軽減する理由とはならないとして退けた。

重要な判示(因果関係・損害)

<後遺障害慰謝料(3300万円)>
裁判所は、別表第一1級1号の基準額(2800万円)を超える3300万円の後遺障害慰謝料を認定した。増額事由として、①被告医師の注意義務違反の程度が著しいこと(視認性不十分なままスチールバーで骨切除を進めた手技の危険性、経験のある医師が危険を感じるレベル)、②後遺障害の程度が重大であるうえ、神経障害性疼痛は著しい時には耐え難く永続的な投薬が必要であり、算定困難な苦痛を伴うこと、③病院の事後の一連の対応について、患者やその親族の立場・心情に十分に配慮し、医療事故を起こした医師及び病院として迅速に説明を尽くしたと評価するには不足があることを考慮した。
他方、術前の説明については、腎機能悪化による透析の可能性の説明は虚偽とまではいえないとして増額事由を否定した。病院の監督・安全管理についても、臨床工学部の申入れは事故後の出来事であること等から増額事由には当たらないとした。被告医師が主張した慰謝料減額事由(ウェブ漫画による社会的制裁)は関連性がないとして排斥された。加重障害(人工骨頭置換の既存障害)についても、現実の可動域制限を認める証拠がないとして否定された。

<将来介護費用(約3493万円)>
裁判所は、将来介護費用の算定にあたり、介護保険給付分を含む日額約1万3000円を基礎とした。その理由として、介護保険給付は損害賠償とは異なる理念に基づくものであること(介護保険法1条、21条2項)、現状の介護保険給付が今後も維持されることが確実とはいえないことを挙げ、自己負担額に限定すべきではないとした。

<休業損害・逸失利益(否定)>
裁判所は、患者が手術前から要介護4の認定を受けヘルパーによる入浴介助を受けており、同居する長女が家事や買い物をしていたことから、一家の家事を担っていたとはいえないとして、休業損害及び逸失利益をいずれも否定した。

弁護士からのコメント

本判決は、過失の存否自体は争いがなく、損害論が主戦場となった事案です。後遺障害慰謝料の増額認定、将来介護費における介護保険給付分の取扱い、入院中の転倒事故に対する判断など、複数の実務上重要な論点を含んでいます。
後遺障害慰謝料について、裁判所は基準額2800万円に対して3300万円を認定しました。原告側は4000万円を主張しましたが、術前説明の虚偽性や病院の監督・安全管理の不備については増額事由として認められませんでした。もっとも、入職9か月で11件の医療事故が検証対象となったという事実を、直接的には「執刀してはならないほどの技量不足」とは認定しないまでも、注意義務違反の著しさを「裏付ける事情」として位置づけた判断は注目されます。また、病院の事後対応の不足を慰謝料増額事由として考慮した点も重要です。
この件は広く報道もされており、リピーター医師として問題となった事案です。また、この事件に関する漫画が公開されたことでも有名になりました。
医師自身の問題もさることながら、このような事故を繰り返す医師をそのまま執刀させた病院側の問題もあるように思います。

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