医療関連裁判とは

医療事故

医療事件における過失とは

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

《過失の重要性》

 医療事故の裁判では,多くの場合,医師に「過失」があったかどうかが最大の争点になります。裁判にかかる時間のほとんどは,この過失の有無をめぐるやり取りに費やされるといっても言い過ぎではありません。ここでは,過失というものをどのように考え,どのように主張していくのかについてご説明いたします。

《過失とは何を指すのか》

 過失(注意義務違反)は,一般に,予見可能性と結果回避義務違反という二つの要素から考えられています。予見可能性は,その医師個人が実際に予見していたかどうかではなく,同じ立場に置かれた医師であれば予見すべきであったといえるかを問うものです。

 もっとも,実務上重要なのは結果回避義務違反の方です。予見可能性は,その前提として考慮されるにとどまることがほとんどです。「こういう状況では医師はこうすべきであった,にもかかわらずそれをしなかった」という形で組み立てる方が,率直で分かりやすい主張になります。

《したことの過失と,しなかったことの過失》

 過失には,何かをしたことによる過失(作為)と,すべきことをしなかった過失(不作為)があります。肺の手術中に誤って肺動脈を損傷したというのが前者,胸痛を訴える患者に心電図検査を行わなかったというのが後者です。

 どちらも結果回避義務を負っている点では変わりがなく,「しない義務」を負うのか「する義務」を負うのかという違いにすぎません。ただし,因果関係の証明のしやすさには大きな差が出ます。肺動脈を損傷しなければ亡くならなかったという関係は明らかですが,心電図検査を行っていればどうなったのかは,実際に行われていない以上,仮定の話として立証していかなければならないからです。

《結果が悪いから過失があるのではない》

 ここは誤解されやすいところです。過失は,あくまでその時点で存在していた事情に基づいて,当該医師が何をすべきであったかという観点から判断されます。これを前方視的(プロスペクティブ)な判断といいます。

 後から解剖や検査で判明した事実を持ち出して,「実は心筋梗塞だったのだから見抜くべきだった」と主張しても,それは通りません。医師はその時点でそれを知らないからです。他方,因果関係の判断は,実際に何が起きていたのかという客観的事実を前提に,後ろ向きに(レトロスペクティブに)考えることになります。この二つを頭の中で分けておくことが,医療事件を扱ううえで欠かせません。

《注意義務違反は三段階で組み立てる》

私は,注意義務違反の主張を次の三段階で構成しています。

 第一に,前提となる医学的知見を示します。たとえば急性冠症候群(心筋梗塞)であれば,その病態,症状,診断方法,治療方法,予後がこれにあたります。医学的知見がなければ,そもそも主張の出発点に立てません。

 第二に,そこから導かれる注意義務を明らかにします。まず「医師は,患者が胸痛を訴えて受診した場合には,心電図検査を行わなければならない」といった一般的・抽象的な行為規範を想定し,そのうえで,本件の医師が,いつの時点で,どのような義務を負っていたのかという具体的な注意義務に落とし込みます。誰が,いつ,何をすべきであったのかを明確にすることが重要です。

 第三に,そこへ事実をあてはめます。「Y医師は,患者が胸痛を訴えた午前10時の時点において心電図検査を行うべき義務があった。にもかかわらず,Y医師はこれを行わなかった」という形です。ここまで書いて,はじめて注意義務違反の主張が完成します。

《問診・検査の段階の過失,転送義務違反》

 診療情報は最初から揃っているわけではなく,問診や検査を通じて少しずつ増えていきます。そのため,診断の誤りそのものではなく,その前段階である情報収集が不十分であったことを問題とする場合があります。問診義務違反や検査義務違反と呼ばれるものです。

 また,専門性が異なる場合や設備が十分でない場合には,他の医療機関へ転送すべき義務が生じます。最高裁平成15年11月11日判決は,開業医について,重篤な疾患を疑わせる所見がある場合には,自ら確定診断を下すまでもなく,速やかに適切な医療機関へ転送すべき義務があるとしています。医師は,自院でできないことについても,送らなければ責任を負うという重い義務を負っているのです。

 どのような場合に転送義務が生じるのか,また転送していれば救命できたといえるのかという因果関係の問題については,転送(転医・転院)義務違反についてで詳しく述べていますので,あわせてご覧ください。

 なお,どの時点をとらえて過失を構成するかは,実務上しばしば悩ましい問題です。問診も検査も十分に行われていない事案では,問診義務違反や検査義務違反を主張すれば足り,その時点で転送すべきであったとまで述べる必要はありません。問診や検査を行っていればどのような情報が得られ,結果として転送に至ったはずであるという点は,因果関係の中で主張していくことになります。

《最後に》

医療事件の主張は,長く書けばよいというものではありません。誰が,いつ,何をすべきであったのか。これを外さずに簡潔に書き切ることが,結局は裁判官に最も伝わります。私自身,事件を組み立てるときには常にこの三段階に立ち返るようにしています。

 ご自身やご家族の診療経過に疑問を感じておられる場合には,まず診療記録を入手し,医療の専門家とのネットワークを持つ弁護士にご相談ください。

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