医療関連裁判とは

医療事故

原因が特定できない医療事故と過失の推認

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

《詳しい原因がはっきりしない》

 手術の結果、重い後遺障害が残った。しかし医療記録を読んでも、なぜそのような結果になったのかが分からない。医師からは「原因は分かりません」としか説明がなく、手術ビデオも残っていないと言われる。医療事故のご相談では、このような場面に少なからず出会います。

 過失を主張するには、いつ、誰が、何をすべきであったのかを特定しなければならないのが原則です。しかし、肝心の手術中に何が起きたのかが分からないとき、患者側は何もできないのでしょうか。ここでは、そうした事案で裁判がどのように組み立てられるのかについてご説明いたします。

《医療事故の立証が難しい理由》

 裁判で問題になるのは、ほとんどの場合、過去の事実です。過ぎ去った出来事を後から確定していく作業は、それ自体が容易ではありません。

 医療事故には、そこにさらに二つの事情が加わります。ひとつは密室性です。全身麻酔がかけられていれば、患者本人は手術中の経過を何ひとつ知りません。もうひとつは専門性です。人体は複雑で、同じ結果に至る経路がいくつも考えられます。

 内視鏡を用いる手術では映像が残っていることが多いのですが、通常の開腹・開胸手術では記録が残っていないことも珍しくありません。また、映像が残っていても、肝心の場面が術者の手で隠れていて確認できないということが実際にあります。記録がないこと自体を直ちに隠蔽と評価することもできません。

《まずは徹底して詰めていく》

 もっとも、分からないからといって最初から諦めるわけにはいきません。私がまず行うのは、次のような作業です。

 第一に、医療機関に対して、なぜそのような結果が生じたのかについての説明を求めます。仮説であっても構いません。原因が分からないという回答で終わらせないことが重要です。医療事故調査が行われる事案であれば、その過程で情報が出てくることもあります。

 第二に、その疾患、その術式において、どのような合併症が一般的に想定されているのかを確認します。文献を集め、協力医にも意見を求めます。今回生じた結果がその範囲に収まるのか、収まらないのかを見極めるためです。

 第三に、解剖学的な位置関係を検討します。たとえば手術中に神経を損傷した事案であれば、その神経がどこを走行しているのか、手術の操作が通常どこまで及ぶのか、両者の距離はどの程度あるのかを確認していきます。手術書には、この場面ではここに注意すべきであるという記載があることがほとんどです。そうした記載を手がかりに、どの操作の際に、どのような注意を怠ったために損傷が生じたのかという仮説を組み立てます。

《複数の可能性を並べて主張することがある》

 しかし、立てた仮説が正しいという確証は最後まで得られないことがあります。患者側の代理人としては、ひとつに決め打ちをするわけにはいきません。

 そこで、考えられる過失行為を複数挙げて主張することがあります。いずれの行為であっても注意義務違反にあたるのであれば、そのどちらであったかを確定できなくとも責任は認められてよいはずだ、という考え方です。

 医療機関側は、これに対して「神経損傷はいかに注意しても生じうる不可避的な合併症である」といった反論をしてきます。そこで、解剖学的にみて本来損傷が起こりうる位置ではないこと、一般に合併症として想定されている範囲を超えていること、通常であればこのような損傷は生じないという医学的な経験則があることなどを積み重ね、医療機関側にやむを得ない事情があったことの説明を求めていくことになります。

《過去の判例》

 このような主張が認められるのかについては、古い最高裁判例があります。

 最高裁昭和32年5月10日判決は、注射により化膿性疾患が生じた事案について、注射液そのものが不良であったか、注射器の消毒が不完全であったかのいずれかに過失があったとして責任を認めました。いずれであっても診療行為上の過失にあたる以上、どちらであったかを確定しなくてもよいという趣旨です。

 最高裁昭和39年7月28日判決も、麻酔注射の際の細菌感染について、感染経路が複数考えられる中で、具体的にどの消毒が不完全であったかを確定しなくとも、過失の認定として不十分とはいえないとしました。医師の診療行為としての特殊性を考慮する、という言い回しが用いられています。

 学問上は概括的認定や選択的認定などと呼ばれる領域ですが、判決自身がそうした理論を明示しているわけではありません。個々の事案において妥当な結論を導いた結果が、後から整理されてそのように呼ばれているというのが実際に近いと思います。

《最初から推認をあてにすることはできない》

 誤解のないように申し上げておきたいのですが、これは必ずしも立証の負担が軽くなるという話ではありません。

 最初から概括的な主張で足りると考えていては、まず勝てません。可能な限り具体的に詰めていき、それでもなお残ってしまった不明確さについて、医療機関側が有効な反論をできないのであれば認定されうる、という順序です。突き詰めた結果としてそこに至るのであって、出発点にしてよいものではありません。

《最後に》

 こうした事案は、正直に申し上げて、見通しを立てることが非常に難しい類型です。具体的な主張が十分にできていないことを自覚しながら訴訟に踏み込んでいくことになります。それでも、責任が認められる余地がないわけではありません。

 原因が分からないと説明されたまま納得できずにおられる場合は、その時点で諦める必要はありません。まず診療記録を入手し、医療の専門家とのネットワークを持つ弁護士にご相談ください。

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