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医療事故

判例情報・出典
横浜地裁令和7年7月16日判決 認容額約1億9387万円 硬膜動静脈瘻の塞栓術で患者の同意なく術式を変更・後遺障害併合2級

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎
神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

手術当時満33歳の女性で、職業は美容師。 平成29年8月頃、めまい等を主訴としてクリニックを受診し、「右後頭葉動静脈奇形〜硬膜動静脈瘻」と診断されて被告病院を紹介された。 被告病院での脳血管撮影検査の結果、テント下もしくはテント内小脳皮質静脈にシャントポイントを持つ「non-sinus type」の硬膜動静脈瘻(DAVF)と診断された。症状はめまい等であり、重篤なものではなかった。

判例要旨

被告医療法人が経営する病院において、硬膜動静脈瘻(DAVF)の治療のため手術を受けた33歳女性が、術後に急性硬膜下血腫を発症し、緊急開頭手術を受けたものの左上肢及び左下肢に麻痺が残存した事案である。

術前の説明では動脈側からアプローチする経動脈的塞栓術(TAE)を実施する予定であったが、被告医師らは、手術開始後に静脈側からアプローチする経静脈的塞栓術(TVE)を試みたところ比較的容易にカテーテルがシャントポイントに到達したため、TAEを実施することなくTVEに術式を変更し、コイル及び液体塞栓物質であるNBCAを用いて塞栓した。

裁判所は、術前説明の録音テープの内容等から、患者は本件手術においてTVEを実施する可能性を認識していたとも認識し得たともいえず、TVEの実施について同意していなかったと認定した。そして、TAEとTVEは危険性の異なるものであることを被告医師自身が認識していたこと等を踏まえ、TVEを実施するには患者の同意を得る必要があったとして、同意なくTVEを実施したことは医師の裁量を逸脱する違法なものであり、債務不履行及び不法行為を構成すると判断した。説明義務違反も認め、その損害は自己決定権侵害にとどまらず身体的損害にも及ぶとした。認容額は1億9387万2861円である。

争点

(1)本件手術においてNBCAを用いてTVEを実施したことが不法行為ないし債務不履行に当たるか否か

(2)説明義務違反の有無

(3)相当因果関係のある損害の有無及びその額

重要な判示(過失)

<患者の同意の有無>

裁判所は、術前説明を記録した録音テープの内容を詳細に検討した。被告医師は、説明において、リスクの高いことはしたくない旨、まずは動脈側から消せるもので消していく旨、どうしてもダメな場合は静脈から改めて考える旨、できるだけ動脈側からやれるだけやって何回かに分ける旨を述べており、治療経過に関する患者の質問に対しても、動脈の治療に関しては2回から3回かかる旨を回答していた。

裁判所は、このような説明を受けた患者は、本件手術においてまず危険性の少ない動脈側からのアプローチ(TAE)を実施するものであると考えるのが通常であり、本件手術後のいずれかの時点で静脈側からのアプローチ(TVE)を実施する必要が生じる可能性を認識できたとしても、少なくとも本件手術においてTVEを実施する可能性があると認識することは極めて困難であるとした。加えて、被告医師が同日の診療録に「数回のTAEの後にTVEを考慮」と記載していたことから、被告医師自身も本件手術ではTAEを実施し、本件手術後に改めてTVEを実施することを前提としていたことがうかがわれるとした。

<裁量逸脱の有無>

裁判所は、被告医師が患者に対しTAEの方がTVEよりもリスクが少ない旨の説明を実施しており、TAEとTVEはそれぞれ危険性の異なるものであるとの認識を有していたとうかがわれること、被告も「non-sinus type」のDAVFに対してはTVEではなくTAEを実施することが一般的であることをおおむね認めていること、テント部のDAVFについてはTAEを治療の基本とする文献があること、原告提出の鑑定書においてもTVEにはTAEとは異なる危険性があると指摘されていることを挙げた。

その上で、仮に事前にTAEを実施することなくTVEを実施することが本件手術当時の医療水準を逸脱したものとはいえないとしても、少なくとも本件手術においてTVEを実施するためには、患者に対しTVEを実施する可能性があることを伝えた上でその同意を得る必要があったというべきであり、このような説明や同意を得ることなくTVEを実施したことは医師の裁量を逸脱する違法なものであると判断した。

<事前に同意を得られなかった特段の事情の不存在>

裁判所は、緊急性がある場合等、患者の同意を取ることが困難な事情があれば直ちに裁量逸脱とはいえないとしつつ、本件では、被告医師が当初予定していたTAEを試行すらしておらず、当初予定していた手術内容に不測の事態が生じたといった事情もないこと、被告医師自身が術前に同意を取ることは可能であったことを認めていることから、特段の事情はないとした。若い女性である患者の被曝量を少なくしたいという配慮は理解できるものの、これによって同意取得を省略することは正当化されないとの趣旨である。

<説明義務違反>

裁判所は、被告医師らはそもそも本件手術においてTVEを実施する可能性すら説明したとはいえず、患者のDAVFに対してはTAEを実施することが一般的であること等についても何ら説明をしたとは認められないとして、説明義務違反があることは明らかであるとした。

なお、被告は、本件説明書に「あなたの場合はまず動脈からアプローチし瘻の血流を減少させた後、静脈からのアプローチを予定しています」との記載があることを根拠に同意があったと主張したが、裁判所は、この記載も本件手術後のいずれかの時点で別の手術としてTVEを実施する予定であるという内容にとどまるとして退けた。

重要な判示(因果関係・損害)

<因果関係>

裁判所は、本件ではTVEを実施したこと自体が不法行為ないし債務不履行に当たるのであるから、相当因果関係の検討にあたっては、本件手術を実施したことと急性硬膜下血腫の発生との間に相当因果関係が認められれば足りるとした。そして、患者が本件手術直後から頭痛を訴え、手術終了後わずか数時間後に撮影されたCTで硬膜下血腫が確認されていること、被告医師も本件手術を受けなければ硬膜下血腫が発症することはなかったと供述していることから、相当因果関係を認めた。

被告は、硬膜下血腫の原因はシャント部位の血栓化によるものであり、患者が術後数時間は元気な状態であったと主張したが、裁判所は、患者は手術直後から強い頭痛を訴えており、被告の主張はその前提に誤りがあるとして採用しなかった。

また、被告は、TAEの有用性が未確立であることや、いずれ患者がTVEを受けた可能性があることを主張したが、裁判所は、患者が将来的にTVEを受けることに同意したか否かも明らかではないとして退けた。

<説明義務違反による損害の範囲>

裁判所は、患者が平成29年9月22日に手術を勧める説明を受けたにもかかわらず、知人の医師を同席した上で改めて説明を受けたい旨の希望を示し、実際に同年11月24日に母親や知人の医師を同席させた上で再び説明の機会を設けるなど、本件手術を受けるか否かについて相応に迷っていたとうかがわれること、患者は当時33歳と若年で、症状もめまい等の重篤なものではなかったことに照らせば、TVEを実施する可能性があることや、患者のDAVFに対してはTVEではなくTAEを実施することが一般的であること等について適切な説明を受けていれば、TVEを実施する可能性のある本件手術には同意しなかった高度の蓋然性があったとした。したがって、説明義務違反によって生じた損害は、単なる自己決定権侵害にとどまらず、本件手術を受けたことにより生じた身体的損害にも及ぶとした。

<損害>

後遺障害は左上肢麻痺及び左下肢麻痺であり、労働能力喪失率は100パーセントとされた。基礎収入について、原告は男女学歴計全年齢平均の賃金センサスを採用すべきと主張したが、裁判所は、実際の収入額が賃金センサスを下回る場合には特段の事情のない限り実際の収入額を基礎収入とすべきであるとして、平成29年の実収入額300万円を基礎収入とした。

将来介護費については、介護を主に担当している母親が足に人工関節を入れており既に70歳と高齢であることを考慮し、母親による介護は段階的に困難となり職業付添人による全面的な介護を要することが見込まれるとして、日額1万5000円が相当とされた。後遺障害慰謝料は併合2級相当として2370万円が認められた。

なお、本件手術実施前である平成30年1月13日から同月15日までの3日間についても、説明義務違反を履行していれば患者が本件手術を受けることはなく入院することもなかったとして、相当因果関係のある損害と認められた。

弁護士からのコメント

本判決は、術前に説明された術式(TAE)とは異なる術式(TVE)を患者の同意なく実施したことについて、医療水準を下回るか否かを検討するまでもなく、それ自体が医師の裁量を逸脱する違法な行為であると判断した事例です。

本件の特徴は、裁判所が「本件手術の内容が本件手術当時の医療水準を下回るものであったか否かについて検討するまでもなく」と明言し、手技の妥当性という医学的評価に立ち入ることなく、同意の欠如のみで責任を認めた点にあります。TVEを実施すること自体が医療水準を逸脱していないとしても、TAEとTVEは危険性の異なる術式である以上、実施には患者の同意が必要であるという判断枠組みは、術式変更をめぐる同種事案において広く応用可能なものといえます。

証拠面では、術前説明を録音したテープが決定的な役割を果たしました。裁判所は録音の具体的な発言内容を引用し、「まず動脈。できるだけ奥まで詰めればそんなリスクは少ない」「どうしてもダメな場合は静脈からまた考えますよってこと」「大体動脈の治療に関しては、2回から3回」といった説明から、患者が本件手術でTVEが実施される可能性を認識することは極めて困難であったと認定しています。被告側は説明書の記載や一部の発言を根拠に同意があったと主張しましたが、これらはいずれも「本件手術後の別の手術として」TVEを予定するものにとどまると解釈されました。説明の場における録音の重要性を改めて示す事例です。

また、被告医師の診療録に「数回のTAEの後にTVEを考慮」と記載されていたことが、被告医師自身も本件手術ではTAEを実施する前提であったことの裏付けとされた点も注目されます。診療録の記載が医師側の当時の認識を示す証拠として機能した例といえます。

事前に同意を得られなかった特段の事情についても、裁判所は、当初予定していたTAEを試行すらしていないこと、不測の事態が生じたわけではないこと、被告医師自身が術前に同意を取ることは可能であったと認めていることを挙げて否定しました。若年女性の被曝量を減らしたいという配慮自体は理解できるとしつつも、それが同意取得の省略を正当化するものではないとした判断は、実務上重要な指針となります。

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