《骨盤位とは》
骨盤位(いわゆる「逆子」)とは、胎児が頭を上にしてお尻や足が下にある状態をいいます。妊娠中期には約半数の胎児が骨盤位ですが、多くは自然に頭位(頭が下)に回転し、妊娠37週時点で骨盤位のままである割合は約3〜5%とされています。
骨盤位の分娩が問題となるのは、経腟分娩の場合に臍帯脱出、分娩遷延、後続児頭の娩出困難といった重大なリスクがあるためです。頭位の分娩では最も大きい頭が先に出るため、体幹はスムーズに続きますが、骨盤位では先にお尻や足が出た後に頭が最後に残ります。この「後続児頭」が骨盤に嵌り込んで娩出できなくなると、児は急速に低酸素状態に陥ります。
《帝王切開が「標準」になった経緯》
かつて骨盤位の経腟分娩は、産科医にとって基本的な技術とされていました。1994年の日本産科婦人科学会のアンケートでは、初産婦の骨盤位に対して78%の医師が経腟分娩を選択すると回答していたとされています。「骨盤位経腟分娩を行わないものは産科医にあらず」という言葉があったほどです。
しかし、2000年に発表されたTerm Breech Trial(TBT)という大規模国際共同研究が転機となりました。この研究は、正期産の骨盤位において計画的帝王切開と経腟分娩を比較し、帝王切開群の方が新生児の死亡・重篤な合併症が有意に少ないことを示しました。これ以降、世界的に骨盤位には帝王切開を行うことが標準的な方針となり、現在では日本のほとんどの施設が骨盤位に対して帝王切開を実施しています。
産婦人科診療ガイドライン(産科編2023)でも、骨盤位の経腟分娩は厳格な条件のもとで許容されるに留まっており、帝王切開が基本的な選択肢として位置づけられています。
《骨盤位をめぐる裁判例―最高裁平成17年9月8日判決》
骨盤位分娩に関するリーディングケースとして、最高裁平成17年9月8日判決があります。
この事案では、骨盤位であった胎児について、医師が経腟分娩の方針を示したところ、妊婦は不安を訴え帝王切開を希望しました。しかし医師は、経腟分娩が可能であること、問題が生じれば帝王切開に移行できること、帝王切開には次回妊娠時の子宮破裂リスクがあることなどを説明し、経腟分娩を選択。ところが分娩中に胎児の心拍数が急激に低下し、骨盤位牽出術が行われましたが、児は重度の仮死状態で出生し、4時間後に死亡しました。
最高裁は、複数の分娩方法が存在する場合に、医師は各方法の利害得失を十分に説明し、患者が熟慮・決断する機会を与えなければならないとの判断を示しました。本件では、胎児の最新の状態に基づく経腟分娩の選択理由の説明が不十分であったこと、帝王切開への移行について誤解を与える説明をしたことが指摘され、説明義務違反が認められています。
《現在の視点から見た骨盤位分娩の法的リスク》
上記最高裁判決当時と現在とでは、骨盤位に対する医療水準が大きく変わっています。現在では帝王切開が標準であるという前提に立てば、あえて骨盤位の経腟分娩を選択して不幸な結果が生じた場合、医師に課される説明義務・注意義務のハードルは極めて高くなっているといえます。
具体的には、経腟分娩を選択する場合には、帝王切開と比較した場合のリスクの差を具体的に説明し、患者が自由な意思決定を行えるだけの十分な情報を提供すること。そして、経腟分娩中に異常が生じた場合に速やかに帝王切開に移行できる体制(いわゆるダブルセットアップ)が整備されていること。これらが満たされていなければ、過失が認められる可能性は高いでしょう。
一方で、ごく少数ながら、厳格な条件のもとで骨盤位の経腟分娩を実施している施設も存在します。このような施設で適切な基準に従い、十分な説明と体制のもとで行われた経腟分娩の結果が不幸なものであった場合に、直ちに過失が認められるわけではありません。ただし、訴訟になった場合には、なぜ帝王切開ではなく経腟分娩を選択したのかについて、極めて詳細な説明が求められることは間違いありません。
《おわりに》
骨盤位の分娩方法の選択は、産科医療訴訟の中でも繰り返し問題となるテーマです。帝王切開が標準となった現在、経腟分娩を選択する場合に求められる説明と体制のレベルは、かつてとは比較にならないほど高くなっています。骨盤位のお子さんの出産で不幸な結果が生じた場合は、記録を取得した上で、産科医療に詳しく、医師とのネットワークを持つ弁護士に相談されることをお勧めします。
