判例集

医療事故

判例情報・出典
高知地裁平成28年12月9日判決 認容額約1億8181万円 重症新生児仮死

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

胎児 39週2日で分娩

判例要旨

被告が運営する病院(以下「被告病院」という。)で重症新生児仮死の状態で出生し,重度の後遺障害を負った原告X1並びにその両親である原告X2及び原告X3が,被告病院の医師及び助産師には後記2(1)及び(2)の過失があるなどと主張して,被告に対し,民法715条1項に基づき,損害賠償金(原告X1については1億9340万4022円,原告X2については330万円,原告X3については770万円)及びこれに対する不法行為の日である別紙2記載の日から各支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を支払うよう求めた事案。

争点

 (1)  監視の強化,保存的処置の施行及び原因検索を適切に行う義務を怠った過失(争点

 (2)  急速遂娩の準備及び実行をすべき義務を怠った過失(争点

 (3)  相当因果関係(争点③)

重要な判示(過失)

【争点②について(時刻の記載はいずれも出産日の時刻である。)】

【急速遂娩を行う体制】
  Fは,出産日当時,鉗子分娩をしたことがなかった。また,被告病院に出産日当時あった吸引分娩をするための器具は,胎児の頭部が産婦がいきんでいないときにも少し見えるぐらいまでの位置になければ,使用することができなかった(甲A4の2,証人F)。
  被告病院では,出産日当時,帝王切開の手術に取り掛かるまでに約30~40分,手術を始めてから児を取り上げるまでに約15分の時間が必要であった(甲A4の2,B1,証人H)。

【Fの過失】
ア 別紙7によれば,原告X1の心拍の状況は,午後0時40分頃に高度遅発一過性徐脈が発生し,午後2時37分頃から,午後0時40分頃に生じたときよりも心拍数の低下幅が大きい高度遅発一過性徐脈が継続して発生し,午後3時40分頃にも高度遅発一過性徐脈が発生し,午後3時50分頃から,基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生するようになったのである。また,原告X3の子宮口は,午後0時15分には全開大の状態となり,陣痛促進薬であるプロスタルモンFの点滴が継続され,その量が増量されていたにもかかわらず,子宮の収縮は弱いままであり,証拠(証人G)によれば,午後4時前まで原告X1及び原告X3の観察をしていたベテランの助産師であるGの見立てによれば,原告X1がその後直ちに娩出されるような状況にはなかったとの事実が認められるのである。そして,Fは,午後4時40分頃に分娩室に入室し,胎児心拍数陣痛図を見ているのであるから,以上の原告X1の心拍数の推移及び原告X3の状況を認識することができたのである。
  ところで,前記前提事実(3)のとおり,遅発一過性徐脈がある場合には,胎児が低酸素状態にあることが,基線細変動が減少している場合には,胎児の状態が悪化していることがそれぞれ推測されるところ,上記のとおり,原告X1の遅発一過性徐脈は一時的なものではなく,午後3時40分頃には高度遅発一過性徐脈が発生し,午後3時50分頃から,基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生するようになっていたのであるから,Fにおいては,遅くとも午後4時40分頃に分娩室に入室した頃には,原告X1が低酸素状態にあり,その状態が悪化していることを認識することができたというべきである。そして,原告X1がその後直ちに娩出されるような状況にはなかったことからすれば,陣痛促進薬による経腟分娩をそのまま続行した場合には,上記の低酸素状態が更に増悪し,ひいては原告X1に低酸素状態を原因とする脳性麻痺などの後遺障害が生じることがあり得ることを予見することができたものというべきである。

本件ガイドラインは,上記アの状況下において,低酸素状態を原因とする脳性麻痺などの後遺障害の発生を回避するために執るべき措置として,「保存的処置の施行及び原因検索,急速遂娩の準備」又は「急速遂娩の実行,新生児蘇生の準備」を挙げており,保存的処置としては,体位変換,陣痛促進薬の注入速度の調節又は注入の停止などを挙げているが,本件では,午後3時30分頃に児への血液の供給に適した側臥位への体位変換が行われているものの,午後3時40分頃には高度遅発一過性徐脈が発生し,その後,基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生するようになっていた上,午後4時26分頃の陣痛は弱い状況であったことからすると,原告X1の低酸素状態を解消するための保存的処置として午後4時40分頃に上記のような処置で足りるのかについては疑問を差し挟む余地があるにもかかわらず,これを否定するに足りるだけの証拠は提出されていない。そして,上記のとおり,基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈は,1回だけでなく,午後3時50分頃から午後4時40分頃までの間に,複数回にわたり発生していており,原告X1の低酸素状態が徐々に増悪化していることが推測される状況下にあったこと子宮口全開大から既に4時間以上が経過していること,ベテランの助産師であるGも,午後3時50分頃には,分娩を早めるべきことを既にFに提案していたこと,上記イのとおり,クリステレル又は帝王切開の実行をすることは可能な状況にあったこと,クリステレル又は帝王切開により合併症が発生する可能性があることについて見るべき主張立証はされていないこと産科医療補償制度原因分析委員会の回答書(甲B4)においても,午後3時40分以降の胎児心拍数陣痛図は軽度から中等度の異常波形を示しており,分娩方法の見直しを行わず,陣痛促進薬の投与を継続し,経過観察したことは基準から逸脱していると判断されていることからすれば,Fには,遅くとも,午後4時40分過ぎの時点で,クリステレル又は帝王切開の実施すべきかを検討し,いずれかの準備に着手し,これを実行すべき注意義務があったというべきである。

  ところが,Fは,午後4時40分頃に分娩の状況を診たものの,クリステレル又は帝王切開を実施すべきかを検討することなく,その準備に着手することもなく,従前の状況を正確に把握しないまま,陣痛促進薬による分娩を続行する判断をしたのであるから,Fには,上記注意義務に違反した過失がある。

重要な判示(因果関係・損害)

【争点③について(時刻の記載はいずれも出産日の時刻を示す。)】

 原告X1は,出産日の約6か月後に,低酸素性虚血性脳症と診断されるとともに,重症新生児仮死後の重度脳障害であるとの医師の意見が付されているほか,出産日の約10か月半後には,脳性麻痺により,両上肢及び両下肢の機能を全廃し,体幹の機能障害により座っていることができず,また,合併症として,呼吸障害,嚥下障害があり,最重度の知的障害が認められるとの診断がされた(以下,原告X1が負ったこれらの後遺障害を「本件後遺障害」という。)(甲A1)。

 前記前提事実(3)のとおり,脳に十分な酸素が供給されなくなると,脳に障害を来し,脳性麻痺となることがあり,上記(1)のとおり,原告X1は脳性麻痺と診断されていること,上記(1)アの事実に加え,別紙7のとおり,原告X1の心拍数の異常の程度が時間の経過につれて大きくなっていき,出生から1分後のアプガースコアは1点で,出生から5分後のアプガースコアは3点であったこと,胎児血のpH値が7より小さいと,母体の中で低酸素状態であった可能性があるところ(前記前提事実(3)),臍帯血のpH値は6.80であったこと(乙A1の17),産科医療補償制度の原因分析報告書(甲B1)においても,胎児の予備能を超えた子宮収縮の負荷が胎児の低酸素状態を引き起こし,これが持続し,徐々に悪化したことによって酸血症に至ったと考えられるとされていることからすれば,本件後遺障害は,分娩中に低酸素状態となり,これが増悪化していったことによって生じたものと推認することができる。

 もっとも,別紙7のとおり,午後5時10分頃~午後6時頃は,原告X1の基線細変動は減少しているものの,消失しておらず,胎児心拍数も120~150拍/分台であった。そうすると,その頃は,本件後遺障害を負うような危機的な低酸素状態にあったとまではいえず,遅くとも午後6時頃までに原告X1の低酸素状態を解消することができれば,原告X1は本件後遺障害を負わなかったものと推認される。そして,Fが,午後4時40分頃にクリステレル又は帝王切開の準備に着手していれば,被告病院の急速遂娩を行う体制からすれば,遅くとも午後5時35分頃の時点で,原告X1の低酸素状態を解消することができたことになる。したがって,Fが午後4時40分頃の時点で,クリステレル又は帝王切開の実施の準備に着手していれば,原告X1が本件後遺障害を負わなかったものと推認されるから,Fの過失と原告X1に生じた本件後遺障害との間には相当因果関係がある。

弁護士からのコメント

基線細変動の減少と、高度遷延一過性徐脈が複数回確認されているにもかかわらず、急遂分娩の準備もせず、しかも、陣痛促進剤を継続したという点において、過失は免れない事案であったと思われます。

また、臍帯血のpHが6.80であり(低酸素状態にあったことを意味します)、脳性麻痺の原因が他にないことを考えると、やはり低酸素状態が継続したことによる脳性麻痺との判断も妥当でしょう。

産科ガイドラインが制定されたにもかかわらず、いまだに同じような事案が繰り返されています。産科医療補償制度では重大な被害を補償することはできず、医療機関に賠償を求めていく必要があります。そのためには弁護士に早期に相談し、アドバイスを得ていくことは不可欠です。

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