判例集

医療事故

判例情報・出典
松江地裁判決令和3年12月13日 認容額5660万円 重度新生児仮死

神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

胎児 (母親は第1子を帝王切開により出産していた)

判例要旨

被告の設置するa病院(以下「本件病院」という。)において重度新生児仮死の状態で出生し,低酸素脳症等を原因とする脳性麻痺の後遺障害が残ったB(以下「亡B」という。)の遺族(父母)である原告らが,被告に対し,帝王切開の実施が遅れたこと等について亡Bないし原告らと被告の間の診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案
認容額:合計約5660万円

争点

(1)  CTGの判読とその評価

(2)  (D医師到着前)

  E助産師の医師への立会要請をすべき注意義務違反ないしD医師の帝王切開をすべき注意義務違反の有無

(3)  (D医師到着後)

  吸引分娩①後速やかに帝王切開をすべき注意義務違反の有無

(4)  上記各注意義務違反と本件後遺症との間の因果関係の有無

(5)  損害

重要な判示(過失)

 2  争点(1)(CTGの判読とその評価)について

(1)  午前1時50分から午前2時10分のCTG

  同時点の胎児心拍数波形につき,別紙①,②によれば,基線細変動の減少(振幅の大きさが5bpm以下)と繰り返す一過性徐脈が認められ,この点については当事者間に争いがない。さらに,別紙①,②によれば,同時点の一過性徐脈は,子宮収縮の最強点に遅れて一過性徐脈の最下点を示すものであるところ,心拍数減少がおおむね30秒未満の経過で急速に起こっているという点で,変動一過性徐脈の特徴を有する一方で,心拍数低下に係る波形に類似性が見られることや心拍数の回復に2分を超える部分があることなどといった変動一過性徐脈には見られない特徴が認められる。そして,両者の区別が,胎児の低酸素・酸血症などへのリスクの程度を推量するために行われるという目的に照らせば,変動一過性徐脈には見られない上記特徴を有する本件一過性徐脈を単純な変動一過性徐脈と判断すべきではなく,遅発一過性徐脈の成分が混じたものとみるべきである。そして,遅発一過性徐脈に着目すれば,心拍数下降度(基線から最下点までの心拍数低下)が15bpm以上であるから,高度遅発一過性徐脈となり,産科ガイドラインのレベル評価としては,レベル4(胎児機能不全)に相当する。

(2)  午前2時10分以降のCTG

 ア 午前2時10分から午前2時20分のCTG

  同時点の胎児心拍数波形についても,別紙③によれば,基線細変動の減少(振幅の大きさが5bpm以下)と遅発一過性徐脈(午前2時12分頃)が認められ,この点については当事者間に争いがない。そして,同時点の一過性徐脈と見うる部分のうち被告が別紙③において「VD?」ないし「LD?」と記載した部分は,いずれも記録の状態が悪く,判読に困難な面があることは否定できないものの,その波形(下降度,持続時間)に類似性があり,心拍数減少の開始から最下点まで30秒以上の経過で緩やかに下降していると見得る部分や,その開始から元に戻るまで2分以上を要していると見得る部分がある。よって,単純な変動一過性徐脈と判断すべきではなく,遅発一過性徐脈か,少なくとも遅発一過性徐脈の成分が混じたものとみるべきである。そして,遅発一過性徐脈の場合,心拍数下降度(基線から最下点までの心拍数低下)が15bpm以上であるから,高度遅発一過性徐脈となり,産科ガイドラインのレベル評価としては,レベル4(胎児機能不全)に相当する。

 イ 午前2時20分から午前3時頃のCTG

  午前2時20分から午前2時50分までの胎児心拍数波形は,別紙④ないし⑥によれば,午前2時20分から午前2時30分の間を除き,基線細変動は減少しており,一過性徐脈も認められるところ,少なくともレベル3以上に相当すると認められる(これらの点につき当事者間にも争いはない。)。また,午前2時20分から午前2時30分の胎児心拍数波形(別紙④)については,特に午前2時22分頃からの波形につき,記録の状態が悪く,正常な基線細変動と見る余地もある一方で,F医師の意見(前記1(認定事実)(2)イ(イ)d)にもあるとおり,心拍数の回復の遷延する遅発一過性徐脈と見る余地もあり,少なくとも,上記時点の波形は,胎児機能不全の状態が回復したと判断するに足るものとは認められない。また,午前2時50分から午前3時頃までの胎児心拍数波形は,別紙⑦のとおり,記録の状態が悪く,レベル評価は困難であると言わざるを得ないものの,少なくとも,上記の波形同様,その記載をもって,胎児機能不全の状態が回復したと判断するに足るものとは認められない。

 ウ 午前3時頃から午前3時46分頃までのCTG

  午前3時頃から午前3時26分頃までの胎児心拍数波形につき,午前3時2分頃の波形(別紙⑧),午前3時5分頃の波形(別紙⑧),午前3時9分頃の波形(別紙⑨)については,被告の主張するとおり,基線細変動と見る余地がある一方で,F医師の意見(前記1(認定事実)(2)イ(イ)g,h)のとおり,一過性徐脈と見る余地もあり,少なくとも,これらのCTGの記載は,以前の胎児機能不全の状態が回復したと判断するに足るものとは認められない。さらに,午前3時26分から午前3時36分の胎児心拍数波形(別紙⑪)については,記録の状態が悪くなっており,判読が困難であるし,午前3時36分から午前3時46分の胎児心拍数波形(別紙⑫)についても,少なくとも午前3時38分頃と午前3時40分に繰り返す一過性徐脈が認められ,これらの記録について,以前の胎児機能不全の状態が回復したと判断するに足るものとは認められない。

(中略)

(4)  小括

  以上のとおり,午前1時50分から午前2時10分までの胎児心拍数波形は,明らかに胎児機能不全と認められる状態にあり,その後の胎児心拍数波形については,少なくとも,上記の胎児機能不全の状態が回復・改善したと判断するに足るものとは認められない。

 3  争点(2)((D医師到着前)E助産師の医師への立会要請をすべき注意義務違反ないしD医師の帝王切開をすべき注意義務違反の有無)について

(1)  E助産師の注意義務違反

  前記第2の3(前提となる医学的知見等)及び前記2(CTGの判読とその評価)によれば,①午前1時50分から午前2時10分の胎児心拍数波形は,レベル4相当(胎児機能不全)であったこと,②産科ガイドラインには,レベル4の場合の助産師の対応として,連続監視,医師の立会を要請,急速遂娩の準備等が記載されていることがそれぞれ認められる。また,③E助産師は,本件分娩当時,助産師になってから約1年11か月しか経過していなかったこと(前記第2の2(前提事実)(1)イ),④本件分娩はTOLACであり,通常の経腟分娩とは異なり,分娩が順調に進行することがトライアルの条件であるため,安心できない胎児の状態の場合には緊急帝王切開へ切り替える必要があったこと(前記1(認定事実)(2)ウ),⑤当番医であるD医師は,自宅待機をしており,立会を要請されてから分娩室に到着するまで15分程度を要する上,到着した医師が診察した結果緊急帝王切開を実施する旨の判断をしたとしても,同決定から実施までには更に約1時間を要する状況であったこと(前記1(認定事実)(1)イ,オ)の各事実が認められる。そして,E助産師自身,証人尋問において,同時点の波形は変動一過性徐脈や遅発一過性徐脈のある異常な波形であり,医師を呼んだり上司に報告をしたりすべきであった旨証言し,D医師も,証人尋問において,その旨の報告を受けていたら駆け付けていた旨証言している。
  以上によれば,E助産師には,午前1時50分以降,できるだけ早い段階で,D医師に対し,CTGの胎児心拍数波形が異常である旨報告し,立会を要請すべき注意義務があったというべきである。
  しかしながら,前記1(認定事実)(1)オのとおり,E助産師は,午前1時50分頃からのCTGの胎児心拍数波形が異常であるとは考えず,D医師にその旨を報告して立会を要請することをしなかったのであるから,上記注意義務違反が認められる。

(3)  D医師の注意義務違反について

E助産師がD医師に報告し,立会を要請することをしなかった点に注意義務違反が認められる本件においては,同注意義務違反がなかった場合に帝王切開が決定されていたか否かは因果関係の有無の判断において検討する。

 4  争点(3)((D医師到着後)吸引分娩①後速やかに帝王切開をすべき注意義務違反の有無)について

TOLACにおいては緊急帝王切開の準備をしておくことが推奨されていること自体は認められる一方で,行われるかどうかが分からない緊急帝王切開に備えて,深夜に執刀医や助手,麻酔科医や小児科医,看護師その他のスタッフを待機させ,器械等を整えておくことが容易なことではないことは明らかであり,当時の医療水準に照らして注意義務違反に当たると認めるに足りる証拠はない。

重要な判示(因果関係・損害)

 5  争点(4)(因果関係の有無)について

(2)  E助産師の注意義務違反と本件後遺症の間の因果関係の有無について

  E助産師の前記注意義務違反と本件後遺症の間の因果関係の有無の判断に当たっては,①E助産師が,D医師への報告と立会要請を行っていれば,駆け付けたD医師が帝王切開の決定を行ったといえるかという点と②D医師が①の帝王切開の決定をすることにより本件後遺症が回避できたかという点が問題になるところ,以下,検討する。

ア E助産師がD医師への報告と立会要請をしていれば帝王切開の決定がされたか

  午前1時50分以降できるだけ早い段階で,E助産師がD医師に対しCTGの胎児心拍数波形が異常である旨報告し立会を要請していれば,D医師は,すぐに本件病院に向かい,午前2時10分から20分頃には分娩室に到着し,原告X2を内診するとともに同時点までのCTGを確認したはずである(証人D)。
  そして,仮に上記時点で内診していた場合,その結果について具体的に認定できるだけの証拠はない(例えば児頭下降度につきパルドグラムには午前零時時点で-2cmであった以降の記録がないなど(乙A3の8頁))が,患者診療記録(SOAP&フォーカス)には「1時30分子宮口全開大。その後陣痛強弱あるが,いきみ逃しながら児頭下降あり。3時当番医にて吸引分娩試みるが,陣痛強弱あり一旦中止」と記載されていること(乙A1の59頁),実際に午前4時16分頃に2度目の吸引分娩(子宮底圧迫法(3回)併用,会陰切開下に吸引分娩(3回))でようやく娩出されたことからすれば,午前2時10分から20分頃の内診の結果として,1時間(緊急帝王切開を実施する旨の判断をしてから実施までに要する時間)以内に経腟分娩で胎児を娩出できるであろうことが確実と思われるような所見ではなかったと推認できる。
  また,同時点までのCTGについては,前記2(CTGの判読とその評価)のとおり,午前1時50分から午前2時20分頃の胎児心拍数波形はレベル4相当(胎児機能不全)であり,その後のCTGも,胎児機能不全の状態が回復したと判断するに足るものではなかったことが認められる。
  そして,①産科ガイドライン上,レベル4の場合の医師の対応として,「保存的処置の施行及び原因検索,急速遂娩の準備」又は「急速遂娩の実行,新生児蘇生の準備」と記載されていること,②本件はTOLACの事案であるが,安心できない胎児の状態の場合には緊急帝王切開へ切り替える必要があり,原告X2に対しても,子宮破裂が切迫していると判断した場合や分娩がスムースに進行しない場合は帝王切開に切り替える旨説明していること,③本件病院においては,緊急帝王切開を決定してから実施するまで約1時間を要するため,ぎりぎりまで経過観察をすることはできず,早めの決定が必要であったことも併せ考えれば,D医師は,内診とCTGの確認検討後,比較的早い段階で緊急帝王切開の判断をしていたと考えられ,到着後30分間以上にわたり漫然と経過観察を続けたとは考え難い。(原因分析報告書も,TOLACの事案で午前1時50分頃から午前3時28分頃まで経過観察としたことに医学的妥当性がないとしている。)
  以上によれば,午前1時50分以降できるだけ早い段階で,E助産師がD医師に対しCTGの胎児心拍数波形が異常である旨報告し立会を要請していれば,D医師は,午前2時10分から20分頃には分娩室に到着し,原告X2を内診するとともに過去のCTGを確認し,遅くとも午前2時40分から50分頃までには,帝王切開を決定していたものと認められる。

イ D医師が帝王切開の決定をすることにより本件後遺症が回避できたか

  前記(1)からすると,本件後遺症(脳性麻痺)を発症させた胎児低酸素・酸血症の原因については,不全子宮破裂のほか,臍帯圧迫等の可能性も否定できず,厳密にこれを特定することはできない。しかしながら,午前4時頃から胎児の状態が顕著に悪くなり,その後実際に胎児を娩出するまでに約16分間も要し,出生時には重度新生児仮死の状態であったと認められる本件について(別紙のCTG及び前記1(認定事実)(1)カ,キ),胎児の状態が顕著に悪くなる午前4時頃より前に胎児を娩出させることができれば重度新生児仮死の状態で出生することはなかったと認められるし(証人F・19頁),仮に胎児の状態が悪くなってからであっても,少しでも早く胎児を娩出して小児科医等による蘇生を行うことで結果は異なっていたと考えられる(証人F・28頁)。
  よって,D医師が,前記アの午前2時40分から50分頃までに緊急帝王切開を決定していれば,緊急帝王切開の決定から実施までに1時間を要したとしても,午後4時頃より前に胎児を娩出することが可能であり,本件後遺症(脳性麻痺)を回避することができた高度の蓋然性が認められる。

弁護士からのコメント

CTG(胎児心拍陣痛図)の記録から,胎児心拍数波形に異常が認められたにもかかわらず医師に報告しなかった助産師の過失を肯定した事案です。

CTGは,胎児の心拍と母体の陣痛の状況を記録したものであり,そこから胎児の状態を推認することができます。そのため,産科診療ガイドラインは,医療機関に対してCTGを適切に読み取り対応することを求めています。ただ,CTGの読み取りは難しい場合もあり,その解釈が医療事故による損害賠償事案において争点となることもあります。

なお,本件では,母親は第1子を帝王切開で出産していましたが,本件の第2子を経膣分娩により出産することを希望していました。このような,帝王切開既往妊婦に対し経腟分娩を試行することをTOLACといいますが,子宮破裂のリスクがあるため,医療機関にはより慎重な対応が求められます。

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