判例集

介護事故

判例情報・出典
津地裁判決平成31年3月14日 トイレ介助時の転倒事故

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

92歳 女性 要介護4 認知症 老人ホーム入居

判例要旨

社会福祉法人である被告の運営する特別養護老人ホームの居室内で転倒した(本件事故)後、死亡した亡母の子で相続人である原告X1ないし原告X4が、本件事故は被告の安全配慮義務違反又は被告の使用する介護職員の過失により発生したものであり、これにより亡母に発生した損害賠償請求権を相続したと主張して、被告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づく損害賠償を求めた事案
認容額:X1〜X4に対して,各607万1353円

争点

(1) 担当職員の過失の有無
(2) 債務不履行責任の成否
(3) Bの死亡と本件事故との因果関係及び素因減額
(4) Bの損害

重要な判示(過失)

争点(1)(担当職員の過失の有無)について
「 (1) 介護施設は,高齢で,日常生活能力の低下した入居者に対し,介護の専門的サービスを提供する施設であるところ,一般に,高齢者は,転倒時に十分な受傷回避行動がとれず,重篤な,生命に関わる頭部外傷等を生じやすいといえる。そうすると,介護施設及び介護施設の職員は,上記専門的サービスの担い手として,高齢の入居者の状態や生活能力等を考慮し,高齢の入居者の生命・身体などの権利利益を侵害しないよう,高齢の入居者に対して,転倒及び受傷を防止する注意義務を負うというべきである。
 (2) そこで,まず,前提となる本件事故の客観的な態様について検討する。
 認定事実(4)によれば,本件事故が発生する直前,担当職員がBの本件居室を離れた時点では,Bが,左手で介助棒を,右手では開いた状態のスライドドアの取っ手を握るという不安定な状態で姿勢を維持していたこと,本件事故後,Bは本件トイレを背に本件居室出入口ドアの内側に倒れていたことが認められる。また,認定事実(3)イ(ア)ないし(ク)によれば,Bは,平成24年7月の時点において,既に歩行することができず,本件事故が発生する約6か月前である平成25年6月の時点においては,立ち上がったり,歩行したりすることができないだけでなく,寝返りや起き上がりもできない状態であると評価されていたことが認められ,その後BのADLが改善したと認めるに足りる証拠はない。これらの事実関係に照らせば,本件事故の客観的な態様としては,Bが立ち上がって相当距離を歩行した後に転倒したとは考え難く,立ち上がろうとした時にバランスを崩して転倒したか,便座に座った状態から,何らかの理由でバランスを崩して転倒したことに伴う動作によって,上記ドア付近まで移動したものと認めるのが相当である。
 (3) これを前提に,担当職員が,本件事故の発生を予見することが可能であったか否かについて検討する。
 この点,前記(2)で検討したところによれば,Bは,本件事故当時においても,通常は,立ち上がったり,歩行したりすることができないだけでなく,寝返りや起き上がりも困難な状態であったと認めるのが相当である。
 もっとも,認定事実(3)イ(カ)(キ)によれば,Bは,本件事故の約8か月前である平成25年4月頃には,①何かにつかまれば起立動作をすることが可能であったこと,②一部介助があれば立ち上がることができ,手すり等につかまれば立位が可能であったこと,③同年3月には,声かけをしなくても,2度,ベッド上で端座位になっていたことがあったことが認められる。また,認定事実(3)アによれば,Bは,認知機能が著明に低下しており,自分がいる場所や自分が少し前にしていたことについてもわからないような状態であったことが認められる。これらの事情に照らせば,本件事故当時においても,Bの介護に当たって,Bが,介護者の声かけなしに,自分で便座から立ち上がる等の動作をする可能性を完全に排除することが相当であったとは言い難い。
 これに加えて,認定事実(3)イ(ウ)(オ)のとおり,被告が,同年3月及び4月に,Bが転倒するリスクについて注意喚起する内容の書面を作成していたこと,担当職員も,少なくとも,上記②③に関する記載のある介護・看護サマリーについては内容を確認していた旨証言していること(証人C・11,12頁),本件事故直前のBは,不安定な状態で姿勢を保っていたにすぎないこと(前記(2))を踏まえれば,担当職員が,Bの介護等を担当し始めた平成25年9月(認定事実(1)ア)以降,Bが立ち上がったり,声かけ無しに自発的に動いたりすることがなかった旨証言していること(証人C・8,10頁)を踏まえても,担当職員には,自分の置かれた状況を理解できないBが,突発的に立ち上がろうとするなどの動作をし,バランスを崩して転倒する事故が発生することを予見することが可能であったというべきである。したがって,担当職員は,本件事故の発生を予見することが可能であった。
 (4) 被告は,担当職員は,普段の介護経験から,Bが,本件事故当時,自発的に動くことはなく,自力で立ち上がったり,歩行したりすることができない状態であったと認識していたから,本件事故を予見することはできなかったと主張し,担当職員は,Bが立ち上がったりすることはおよそ考えられなかった旨供述する(証人C・22,23頁)。しかし,上記(3)で検討したところからすれば,担当職員が上記のような認識を持っていたとしても,同人は,Bが,立ち上がる等の動作をする可能性について,従前からの指摘を十分に吟味することなく,自らの個人的感覚にのみ基づき,軽率に誤信していたものといわざるを得ず,かかる主張は採用できない。

(中略)
(5) そして,前記のとおりの予見可能性があったことを前提とすると,前記(1)のとおりの高齢の入居者に対して転倒及び受傷を防止する注意義務を負う担当職員としては,少なくとも,周囲につかまることができる介助棒やドアの取っ手があり,ドアのロックもかかっていない本件の現場において,実際に介助棒及びドアの取っ手につかまり便座に着座中という不安定な状態のまま,Bを見守る者がいない状態にしないようにすることで,Bの転倒を防止する注意義務があったというべきである。
 しかるに,担当職員は,Bに対し,待っていてほしいと声かけをしたのみで(認定事実(4)エ),そのほかに何らの措置を講じることなく,不安定な姿勢で便座に座っていたBから離れ,漫然とBを見守る者や声をかける者がいない状態にしたものであるから,上記注意義務を怠った過失があると認めるのが相当である。

重要な判示(因果関係・損害)

争点(3)(Bの死亡と本件事故との因果関係及び素因減額)について
「(1) 因果関係
 ア 認定事実(5)のとおりの本件事故後の経過からすると,Bは本件事故により急性硬膜下血腫を受傷したところ,それにより意識状態の悪化及び活動性の低下が生じ,栄養状態等全身の状態が悪化し,死亡するに至ったと認められる。そうすると,Bは,急性硬膜下血腫を死亡原因として死亡するに至ったものであり(実際に,直接死因は慢性硬膜下血腫と診断されている。),本件事故と死亡との相当因果関係は優に肯定できる。
(中略)
 (2) 素因減額
 被告は,Bの認知症等の身体状況や死亡に至る経過に照らし,6割の素因減額が相当である旨主張する。しかし,認知症等が本件の死亡結果に影響したとは認めがたいし,前記のとおり,身体状況等の悪化は本件事故による急性硬膜下血腫の受傷が強く影響したと認められることなどからすれば,素因減額はこれを認めないのが相当である。」

争点(4)(Bの損害)について
(1) 治療費 9万3390円
(2) 入院雑費 10万6500円
(3) 葬儀費用 73万5760円
(4) 傷害慰謝料 114万2000円
(5) 死亡慰謝料 2000万円
(6) 小計 2207万7650円
「上記(1)ないし(5)の損害を合計すると上記金額になる。原告らは,法定相続分(各4分の1)に基づき,それぞれ551万9412円ずつ,Bの被告に対する損害賠償請求権を相続により取得した。」
(7) 原告ら一人あたりの弁護士費用 55万1941円
(8) 原告ら一人あたりの合計額 607万1353円

弁護士からのコメント

本件においては,転倒の事故態様につき争いがありましたが,本件施設入居前後から本件事故発生までのBの状況等(認知機能やADL等)からすれば,「本件事故の客観的な態様としては,Bが立ち上がって相当距離を歩行した後に転倒したとは考え難く,立ち上がろうとした時にバランスを崩して転倒したか,便座に座った状態から,何らかの理由でバランスを崩して転倒したことに伴う動作によって,上記ドア付近まで移動したもの」と認定されました。
そのうえで,裁判所は,被告が,Bの転倒リスクについて注意喚起する内容の書面を作成していたことや担当職員も,少なくとも,上記②③に関する記載のある介護・看護サマリーについては内容を確認していた旨証言していること,本件事故直前のBは,不安定な状態で姿勢を保っていたにすぎないことから,予見可能性も認めました。

被告からは,担当職員は小走りで倉庫まで往復しており,具体的状況下での注意義務は尽くしていた旨の主張がなされましたが,裁判所は,「被告の主張によっても,担当職員がBから目を離した後本件事故が発生するまでの時間は18.58秒というものであり,前記(2)で検討した本件事故の態様に照らし,これを上記注意義務に違反しないほどの短時間であったとは評価できない」と認定しました。

本件においては担当職員が目を離した時間について一定の評価がなされており,同様の事例において参考になる裁判例であると考えられます。

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