判例集

介護事故

判例情報・出典
大津地裁判決平成31年4月23日 トイレ介助時の転倒事故

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

91歳・女性  介護付有料老人ホーム入居

判例要旨

被告の運営する介護付有料老人ホームに入居していたB(以下「B」という。)が排せつ中にトイレの便座から転倒した事故(以下「本件事故」という。)につき,被告の介護職員(以下「被告職員」という。)において,本来のトイレの用法に従わない不適切な座り方によるトイレ介助をしながらBを放置したために本件事故が生じ,その結果,Bの嚥下機能が低下して死亡するに至ったと主張して,Bの相続人である原告らが,被告に対し,Bの上記入居に係る契約(以下「本件契約」という。)の債務不履行に基づく損害賠償として,それぞれ840万2856円(治療費及び慰謝料等の合計2520万8569円を法定相続分に従って相続した金額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成29年8月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。

認容額:約2520万円

争点

(1) 本件契約上の債務不履行の有無
(2) 被告の債務不履行とB死亡との間の因果関係
(3) Bに生じた損害

重要な判示(過失)

争点(1)(本件契約上の債務不履行の有無)について
(1) 本件事故の態様について
 横座りの方法により身体の左側を便座の前側にし,手すりを持って座っていたBが,本件事故直後にCに対して「だんだんお尻がずれていって,手の力もなくなって,落ちた。」と述べ,本件事故の2日後に原告X1に対して「手すりにつかまってたけど,『もうこける,もうこける,どうこけようか』と思っていた。車椅子の上にこけた。ガチャンと音がした。」と述べていたこと(前記認定事実(5)),本件事故直前までBを介助していたCが,後日原告らから本件事故の状況について説明を求められた際に車椅子をトイレの正面の前に置いていた旨述べていたこと(同(7)),Bが右側臥位で転倒しているところを発見されたこと(同(5))に加えて,Bは本件事故直後に右側頭から右前額部(右目眼球周囲)にかけての腫脹及び内出血が強く,左目横に1センチメートル四方程度の剥離出血が認められること(同(5))を併せ考慮すると,Bは,横座りした状態のまま左方向に傾いてトイレから滑落し,トイレの正面に置かれていた車椅子に顔面左側をぶつけるなどし,その後,右目から右額部付近にかけて床に強く打ち付ける態様で転倒し,車椅子は,Bが顔面左側をぶつけた衝撃により,トイレの正面からトイレの左斜め前(洗面台の正面)付近に移動したと推認するのが相当である。
 この点,被告職員は,本件事故当時,Bが排せつ後にナースコールを押さずに自ら立ち上がってベッドまで戻ろうとしていた可能性を検討しているが,推測の域を出ず,本件事故直後,意識状態に問題がなかったBの上記説明に明確に反しているから,採用の余地はない。
(2) 被告の債務不履行について
 ア Bは,平成26年2月頃以降,足が前に出ず車椅子でトイレ介助を行っていたことや,ベッドに足を上げられないことがあり,またトイレに座る際にふらつき,便座に座る際に傾くなど,筋力が低下してきており,被告職員もBの状態について認識していた(前記認定事実(2))。また,Bは,平成28年11月19日午後9時から同日午後10時頃,ベッドで端座位になったとき,後方に反るような様子が見られ,バランスを失することがあった(同(5))。
 そして,横座りの方法によるトイレ介助は,洋式トイレの便器の通常の使用方法とは大きく異なり,便座の奥行きや傾斜といった形状に照らすと端座位の状態でバランスを維持できない危険性を伴うものといえ,特に,上記のとおり身体能力が低下していたBについては,横座りにより,バランスを失って便器から滑落・転倒する危険性がより高まった非常に不安定な状態に置かれていたということができる。このことは,便器について特別の知識,知見がなくても,その形状を認識すれば容易に予見できるものであり,かつ,被告職員において,Bの上記のような身体状態についての認識にも欠けるところがなかった(実際,被告職員は,本件事故の原因をBの筋力低下にあったとしていた(前記認定事実(5),(7))。)のであるから,横座りによるトイレ介助に伴う上記の危険性について被告職員が予見することができたというべきである。
(中略)
 ウ よって,Bに横座りをさせてトイレ介助していた被告には,Bの生命,身体の安全を確保する本件契約上の義務違反が認められる。

重要な判示(因果関係・損害)

争点(2)(被告の債務不履行とB死亡との間の因果関係)について
Bは,本件事故を境に摂食量が急激に減少し,極めて短期間のうちに嚥下機能の低下・喪失に至り,そのまま摂食不能となって死亡するに至った(前記認定事実(4)及び同(6))のであるから,平成28年11月20日及び同月29日のCT検査などで外傷所見などの器質的異常が認められていなかったとしても,本件事故以外にBの嚥下機能の低下の原因はあり得ない。
  この点,被告は,Bの嚥下機能の低下は加齢,老化によるもので,本件事故との間に因果関係がないと主張する。
 しかし,Bが91歳と高齢であったとしても,それまで年齢相応に,漸次,嚥下機能が低下していたのであって,本件事故の直後から,その嚥下機能が上記のように急激かつ短期間のうちに低下したことについて,偶然にその時点から本件事故とは全く無関係にBの老化に起因して上記のような嚥下機能の著しい低下が始まったとするのは余りにも不自然である。
 (中略)被告がBを通常のトイレの用法どおりに正面向きに座らせて,横や前方に手すりを設置していれば,Bが転倒して嚥下障害に起因する摂食量の急激な減少が生じることはなかったのであり,少なくとも平成29年2月9日の時点でなお生存していた高度の蓋然性が存在すると認められ,被告の債務不履行とBの死亡との間の因果関係が否定されることはない。

争点(3)(Bに生じた損害)について
(1) 通院治療費及び入院治療費
 通院治療費        3550円
 入院治療費     30万5019円
(2) 入通院慰謝料       140万円
(3) 死亡慰謝料       2200万円
(4) 葬儀費用         150万円
(5) 合計      2520万8569円

弁護士からのコメント

転倒リスクのある入居者に対して,洋式トイレの便器の通常の使用方法とは大きく異なり,便器からの滑落・転倒の危険性の高い方法での介助が行われていたことについて,Bの生命,身体の安全を確保する契約上の義務違反が認められた事案です。
本件においては,転倒後Bの嚥下機能が低下して死亡するに至ったことについて,CT検査などで外傷所見などの器質的異常が認められていなかったとしても,本件事故以外にBの嚥下機能の低下の原因はあり得ないとして,死亡結果との間の因果関係も認められています。

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