患者(被害者)の属性
2度目の診察終了日である平成31年4月30日当時77歳の女性(昭和16年生まれ)。 夫と同居する専業主婦で、頭痛発症前のADLは自立していた。 深部静脈血栓症及び高血圧の既往があり、ワーファリン及び降圧薬を処方されていた(降圧薬は4月25日にカンデサルタンからシルニジピンに変更されていた)。 なお、本件の原告であったが、令和4年5月3日、老衰により死亡した。判例要旨
頭痛・吐き気を訴えて被告病院を2度にわたり救急受診した77歳女性が、2度目の受診後に帰宅した翌日、意識障害を起こし、慢性硬膜下血腫及び脳梗塞と診断されて緊急手術を受けたものの、高度意識障害・四肢麻痺が残存した事案である。
患者の相続人である原告ら(夫及び長男)が、被告病院の医師らには、遅くとも2度目の診察終了時までにCT検査を実施し脳神経外科医に相談すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠ったと主張して、被告(病院開設者)に対し不法行為に基づく損害賠償を求めた。
裁判所は、診療ガイドラインにおいて二次性頭痛を疑うべきとされる9項目のうち複数に該当する所見が認められたにもかかわらず、CT検査を実施せず一次性頭痛と診断して帰宅させた被告医師らの注意義務違反を認定した。さらに、CT検査を実施していれば両側性慢性硬膜下血腫が判明し、緊急手術により脳ヘルニア・脳梗塞及びこれによる後遺障害を回避できた高度の蓋然性があるとして、原告らの請求を一部認容した(認容額合計5041万4743円)。
争点
(1)被告医師らに遅くとも4月30日午前9時頃までに、CT検査をして脳神経外科医師に相談すべき注意義務があったか
(2)上記(1)の注意義務違反と後遺障害との因果関係
(3)損害
重要な判示(過失)
裁判所は、まず頭痛の診療における基本原則として、頭痛を主訴として来院した患者については一次性頭痛と二次性頭痛の鑑別が最重要であり、一次性頭痛の診断を行うには二次性頭痛の可能性を否定しなければならないという医学的知見を確認した。
その上で、1回目の診察(4月28日)について、D医師自身が患者診療録に「頭痛red flag」と記載し、診療ガイドラインにおいて二次性頭痛を疑うべきとされる9項目のうち、①突然の頭痛、②今まで経験したことがない頭痛、③いつもと様子の異なる頭痛、④頻度と程度が増していく頭痛、⑤50歳以降に初発の頭痛の5項目に該当することを認識していたと認定した。D医師は神経学的所見がないこと等からくも膜下出血は疑いにくいとして緊張型頭痛と診断したが、裁判所は、二次性頭痛の原因はくも膜下出血に限られず、くも膜下出血が疑われない場合でも二次性頭痛が疑われる場合にはCT検査を実施すべきであったとした。
2回目の診察(4月30日)について、E医師は、2日前にも救急受診していること、後頭部痛及び全身脱力感のため救急搬送されたこと、ワーファリン内服中であること、収縮期血圧が普段130mmHg程度であるにもかかわらず168mmHgであったこと等を認識した上で、ストレッチャーに乗ったままの患者を寝かせた状態で診察した。E医師は、バレー徴候やジョルトサインが陰性であること等から一次性頭痛と診断してCT検査を実施しなかったが、裁判所は、①二次性頭痛は必ずしも神経学的所見を伴わないこと、②バレー徴候は錐体路以外の障害による頭蓋内病変では陰性となること、③ジョルトサインは髄膜刺激症状を確認する検査であり頭蓋内病変すべてを診断できるものではないこと、④二次性頭痛であっても頭痛薬で緩解することがあることを指摘し、E医師がこれらの検査結果をもって二次性頭痛を除外できていたとは認められないと判断した。
加えて、E医師がストレッチャーから降ろして歩行状態を確認しなかったこと、降圧剤の当日の服用の有無やADLの聴取を行わなかったことも指摘された。
被告は降圧薬の変更が頭痛の原因であった可能性を主張したが、裁判所は、降圧薬の変更は二次性頭痛を除外する十分な理由とはならないとし、また血圧が継続して高値であったことから「血圧の乱高下」という推論にも十分な裏付けがなかったとして退けた。
重要な判示(因果関係・損害)
<因果関係>
裁判所は、まず、遅くとも4月30日の診察終了時点までにCT検査を実施していれば両側性の慢性硬膜下血腫であることが判明していた点は当事者間に争いがないことを確認した。
次に、患者の後遺障害が、慢性硬膜下血腫の増大による頭蓋内圧亢進から脳ヘルニアを生じ、両側の視床が圧迫されて生じた脳梗塞によるものであることを前提として、4月30日の診察時点では脳ヘルニアの直前の段階であったがいまだ脳ヘルニアは生じていなかったと認定した。その根拠として、4月30日の診察時には意識清明(JCS 0)であったにもかかわらず5月1日午後1時頃にはJCS III-100まで急激に悪化していること、本件病院脳外科医が5月1日に「昨日、impendingの状態だったのだろう」と記載していることを挙げた。
その上で、慢性硬膜下血腫は頭蓋内圧亢進が長時間持続して脳に不可逆的損傷が生じた場合を除き予後は極めて良好であること、両側性慢性硬膜下血腫で凝固障害がある場合は緊急手術を考慮すべきとされること、70~79歳の慢性硬膜下血腫患者の退院時機能回復良好率が79.6%であること等を踏まえ、4月30日段階でCT検査及び手術を実施していれば、脳ヘルニア・脳梗塞及びこれによる後遺障害を回避できた高度の蓋然性があるとした。
<損害>
裁判所は、医療費254万0932円(障害固定後の治療費も含め認容)、入院雑費18万6000円、交通費(患者分4万1030円、原告ら分10万6720円)、介護用品購入費153万7156円をそれぞれ認定した。休業損害は、仮に適切な手術が行われた場合にも入通院等の負担が生じたと考えられるとして、125日間の4割に限り40万5800円を認めた。
逸失利益は原告主張額の897万6355円をそのまま採用した。
慰謝料については、入院慰謝料100万円、後遺症慰謝料2800万円とされた。
入院慰謝料は、適切な手術を行った場合にも一定の入通院等の負担が生じたと考えられることが減額事由として考慮されている。
近親者固有の慰謝料は、後遺障害等級1級相当で死亡するまで寝たきりの状態を余儀なくされたことから、死亡した場合と同視し得る程度の苦痛として、夫200万円、長男100万円が認められた。
弁護士からのコメント
本判決は、救急外来における頭痛診療について、二次性頭痛の除外診断の重要性を正面から認めた事例です。
注目すべきは、裁判所が「一次性頭痛の診断を行うには二次性頭痛の可能性を否定しなければならない」という頭痛診療の基本原則を明確にした上で、被告側が行った除外診断の不十分さを具体的に指摘した点です。バレー徴候やジョルトサインといった神経学的検査が陰性であっても、これらの検査にはそれぞれ限界があり、頭蓋内病変をすべて除外できるものではないこと、二次性頭痛は神経学的所見を必ずしも伴わないことを、E医師自身の供述も踏まえて丁寧に認定しています。
また、本判決では、くも膜下出血が疑われる場合に限らず、二次性頭痛が疑われる場合にはCT検査を実施すべきであるとされました。被告側は「くも膜下出血が疑われる場合を除き、必ずしもCT検査を推奨しているわけではない」と反論しましたが、裁判所はこれを退けています。慢性硬膜下血腫のように、早期発見・治療により予後が良好な疾患が二次性頭痛の原因となり得ることを考えると、この判断は合理的といえます。
1回目の診察時に医師自身が「頭痛red flag」と記載しながらCT検査を実施しなかった点は、カルテの記載が義務違反を認定する重要な根拠とされた事案としても参考になります。ワーファリン服用者においては慢性硬膜下血腫の発生率が非服用者の42.5倍に増加するとされており、抗凝固薬の服用歴がある患者の頭痛については、より慎重な対応が求められることを改めて示した判決といえます。