判例集

医療事故

判例情報・出典
冨山地判平成29年12月27日

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

4歳の女児・脳性麻痺

判例要旨

原告らが,入院中であった原告らの子Bが転院した先の医療機関である県立病院で死亡したことにつき,感染症治療薬の選択及び投薬管理に関する注意義務違反,他の医療機関への転院義務違反並びに説明義務違反があり,これによってBが急性腎不全となり死亡したとして,1620万円の支払を求めた事案

争点

(1) Bが腎不全を発症したことについての被告らの注意義務違反(争点1)
   ア ハベカシンの選択における注意義務違反(争点1,(1))
   イ ハベカシンの投薬方法における注意義務違反(争点1,(2))
 (ア) MRSA肺炎の確定診断に必要な検査を実施せずにハベカシンの投与を開始したことについての注意義務違反(争点1,(2),ア)
 (イ) ハベカシンとゾシンを併用して投与したことについての注意義務違反(争点1,(2),イ)
 (ウ) 血中薬物濃度測定による投薬管理(以下「TDM」という。)を実施しなかったことについての注意義務違反(争点1,(2),ウ)
 (エ) 血液検査,尿検査による投薬管理を実施しなかったことについての注意義務違反(争点1,(2),エ)
   ウ 利尿剤投与における注意義務違反(争点1,(3))
(2) 県中病院への転院義務違反(争点2)
(3) 説明義務違反(争点3)
(4) 被告らの注意義務違反とBの死亡との相当因果関係(争点4)
(5) 損害の発生及び額(争点5)

重要な判示(過失)

上記,争点(3)の説明義務違反についての判示

患者又はその親権者等,その法定代理人(以下「保護者」という。)との間で疾病の治療を目的とする診療契約を締結した医療機関及びその被用者であり当該医療行為に従事する医師は,両者の間の信頼関係の構築,情報共有化による医療の質の向上,医療の透明性の確保,患者の自己決定権,患者の知る権利の観点から,同契約上及び不法行為法上,患者及び保護者に対し,現在の症状及び診断病名,予後,処置及び治療の方針,処方する薬剤について,薬剤名,服用方法,効能及び特に注意を要する副作用,代替的治療法がある場合には,その内容及び利害得失,手術や侵襲的な検査を行う場合には,その概要,危険性,実施しない場合の危険性及び合併症の有無等につき説明すべき注意義務があるといえる。
 前記認定事実によれば,被告Y2はハベカシンをBの肺炎治療のために使用したが,ハベカシンはその添付文書において,副作用として急性腎不全等の重篤な腎障害が0.1%から5%未満の確率で現れること,そのため,定期的に検査を行うなど観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと,特に小児に投与する場合には,腎毒性の発現を防ぐため,腎機能検査を行い,慎重に投与することが記述され,使用上の注意等が促され,他方,Bは幼児であるばかりか,重症児であり,易感染状態で生理的予備能が小さく,わずかな栄養不足やストレスでも重症化しやすく,臓器の発達も健常児に比べ未熟であり,しかも障害の程度は重症児の中でも重く,継続的に濃厚医療等を必要とする状態にあったのであるから,Bに対しハベカシンを投与する際には,事前に,原告らに対し,Bの肺炎がMRSA感染症によるものである可能性が高いこと,その治療のためにはMRSAを含むブドウ球菌,緑膿菌に対して強い抗菌作用を有する薬剤を投与する必要があることを説明するほか,その薬剤としてハベカシン及びゾシンを用いること,しかし,ハベカシンには副作用として急性腎不全等の重篤な腎障害が0.1%から5%未満の確率で現れる等すること,そのため,定期的に検査を行うなど観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと,特に小児に投与する場合には,腎毒性の発現を防ぐため,腎機能検査を行い,慎重に投与することが必要となるが,Bは重症児であり,わずかな栄養不足やストレスでも重症化しやすく,そのため,諸検査の実施には一定の制約が生じ得ることを説明するとともに,急性腎不全が生じた場合の対処方法と予後について説明し,投与開始後は,急性腎不全発症の可能性を念頭に置いた経過説明をし,同疾病の発症が疑われたときには,その時点で,病状の説明をするとともに,具体的対処方法につき,投薬中止と利尿剤投与による保存的療法のほか,透析治療があることを説明し,透析治療については,それが侵襲的で感染等のリスクを伴うことから,同リスクについても説明すべき注意義務を負っており,また,実際に,ハベカシン投与後,10月30日には,尿量の低下のほか,血液検査等による腎機能悪化を示す数値が確認され,同機能の悪化が把握されたのであるから,その時点において,先ずはハベカシンの投与を中止し,利尿剤であるラシックスの投与を開始して回復を図る保存的療法を図ることのほか,選択肢として透析治療を行うこと及びそのリスクについて説明すべき注意義務を負っていたといえるが,被告らは,ハベカシンの投与については,パンスポリンをファーストシンに変更し,更にBの臨床経過や症状を総合的に判断してハベカシンを投与しているが,これは肺炎の原因菌が判明するまでの一般的な小児抗菌薬療法であり,抗菌薬の変更についてまで説明する義務はないとし,透析治療については,当時,急性の腎障害に対する治療は,利尿剤を利用して腎機能の回復を待つのが一般的であり,初めから侵襲的で感染のリスクを伴う透析治療を選択することはなく,適応がなかったから説明しなかった旨主張しており,上記説明義務を適切に履践したことを認めるに足りる的確な証拠はなく,被告らは同義務を怠ったといわざるを得ない。

重要な判示(因果関係・損害)

Bの死因が,急性腎不全を原因とする呼吸不全であることは前記認定判断のとおりであり,急性腎不全の原因が抗菌薬ハベカシンの使用にあったことは前記認定に係る臨床経過により認められる。そして,ハベカシンに腎毒性があることは被告Y2においても認識していたのであるから,被告Y2としては,前記認定判断のとおり,原告らに対し,Bに対して投与する薬剤がハベカシンであること,ハベカシンには特に注意を要する副作用として腎不全があることを説明するとともに,腎不全が生じた場合の対処方法として同薬剤の投与中止,利尿剤投与及び透析治療があること並びにこれらの影響についても説明し,さらに,ハベカシン及びラシックス投与後の病状推移について腎不全の発症可能性を念頭においた説明をすべきであったが,これらが適切にされることはなく,そのため,11月2日になって,被告Y2から,原告らに対し,腎臓の障害が強く生命の危機の状態にあること,全身状態の悪さから考えると今後の生命維持は厳しいという印象であること,ただし,当面の腎機能障害については透析という選択肢があることにつき説明がされると,原告X1は,段々尿量が下がってもう手がないというのは納得がいかない旨強い不満を述べているのであり,上記説明がされないまま,Bが急性腎不全により重篤な状態にあることを知り,また,Bの死亡という結果を迎えざるを得なかった原告らの驚きと不安,悲しみは大きく,受けた精神的苦痛は甚大なものであったということができる。
 したがって,被告らは,被告Y2の上記説明義務違反につき,原告らに対し上記精神的苦痛を慰謝するものとして,慰謝料支払義務を負うといえるが,上記説明義務違反の内容,原告らとBとの関係,原告ら受けた精神的苦痛の内容,程度を考慮するとともに,原告らがハベカシンの使用につき医薬品副作用被害救済制度に基づき遺族一時金713万5200円の支給を受けていること(甲A6)を考慮すれば,同精神的苦痛を慰謝するのに相当な金額は,原告らそれぞれにつき150万円と認めるのが相当である。

弁護士からのコメント

その他,BUN・クレアチニンを検査に入れなかったことにも注意義務違反を認めたが,死亡との因果関係は否定されている。 説明義務違反についても死亡との因果関係は否定された。説明義務違反と死亡との因果関係を肯定する例は少なく,本件でもその判断が不合理とはいえない。

バンコマイシンや,ハベカシン(アミノグリコシード系抗生物質)による腎障害リスクは良く知られており,リスクに応じてTherapeutic drug monitoring (TDM)が行われ,小児の場合のリスクも高いとされている。したがって,その危険性を踏まえれば,検査義務違反・説明義務違反を認めたことは相当であると思われる。慰謝料としては合計300万円となっており,幼児だったこともあり,やや高い損害額の認定となっている印象がある。

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