患者(被害者)の属性
89歳男性判例要旨
入院中の患者が一人でトイレに行った際に転倒して頸髄を損傷し,両上肢機能全廃及び両下肢機能全廃の後遺障害(後遺障害等級1級)を負った事案について、十分な見守りを行わなかったとして医療機関側の注意義務違反を認めた。
認容額:2559万3642円(本人分)、親族分(220万円)
争点
(1)過失の有無
(2)損害額
(3)過失相殺の可否
重要な判示(過失)
原告X1は,本件事故当時,歩行時にふらつきが見られるなど,転倒の危険性が高いと評価されており,車椅子を使用する際も,座位が保てず転倒や転落の危険性が高い場合には安全ベルトが装着されていたこと,トイレに行く際には必ず職員が付き添うこととされていたこと,原告X1に頻尿の傾向があり,4月中旬以降は,一人で車椅子を操作してトイレに行ったり,一人で歩いたりする様子が見られたことに照らせば,本件病院の看護師等は,原告X1が一人で車椅子を操作してトイレに行くなどの行動に出ることも想定し,原告X1の動向に十分に注意を払い,原告X1が一人でトイレに行ったり歩行したりしようとした場合には速やかに介助できるよう見守るべき注意義務を負っていたと解するのが相当である。
しかるに,Cは,デイルーム内に他の看護師等がいない状態で,患者への与薬を行いながら見守りを行っていたところ,原告X1の動向に対する十分な注意を怠り,原告X1が一人で車椅子を操作してトイレに行ったことに気付かず,原告X1の介助を行わなかったのであるから,上記注意義務に違反したものといわざるを得ない。
重要な判示(因果関係・損害)
・家族の固有の慰謝料について
原告X2は,養父かつ実の祖父であり,長年にわたり同居してきた原告X1が頸髄損傷による両上肢機能全廃及び両下肢機能全廃の後遺障害を負い,首から下が動かない状態になったことにより,同人の死亡にも比肩しうるような精神的苦痛を受けたと認められ,本件事故後に勤務先を退職し,毎日のようにb病院を訪れて原告X1の付添い看護を行っていることに照らせば,原告X2の固有の慰謝料は200万円とするのが相当である。
・過失相殺について 否定
本件事故当時,原告X1に十分な事理弁識能力があったとは認め難い。
本件病棟は,認知症等に伴う行動や症状の早期の改善を目指して入院治療,看護を行う施設であって,被告は,原告X1が認知症で要介護状態にあることを前提にその看護を行っていたものであり,原告X1が,職員に声かけをせずに一人でトイレに行く可能性を具体的に予見することが可能であったと認められる以上,これを前提に同人の看護等を行うべきであったといえる。
以上によれば,本件において,原告X1が本件病院の職員に声かけをしなかった点を捉えて過失相殺をするのは相当でない。
弁護士からのコメント
本件の医療機関では、本件事故が発生した時間帯、本来、患者がいたデイルームには2名の看護師等がいることが想定されていましたが、人員不足からか1名しかおらず、他の患者への与薬等の作業を行っており、その結果患者が一人でトイレに行ったことに気づくことができませんでした。本件のような事故が予想された以上、体制をしっかり整えておくべきだったといえます。