小児の急性腹症で6人死亡ー警鐘レポートが示す「胃腸炎」「便秘」診断の落とし穴
医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)は2026年10月、「医療事故の再発防止に向けた警鐘レポートNo.7 小児の急性腹症に関連した死亡」を公表しました。
【参考資料】
医療事故調査・支援センター「医療事故の再発防止に向けた警鐘レポートNo.7 小児の急性腹症に関連した死亡」(2026年10月)
医療事故調査・支援センター「警鐘レポートNo.7 対象事例の概要」
レポートが取り上げたのは、腹痛や嘔吐といったありふれた消化器症状で受診した幼児期から学童期の子どもが、腸管の絞扼や穿孔によって、外来受診からおおむね12〜24時間のうちに亡くなった6つの事例です。いずれも医療事故調査制度に基づいて医療機関から報告された院内調査の結果をもとに、専門分析部会が整理したものです。
「胃腸炎でしょう」「便秘ですね」と言われた子どもが、その日のうちに急変して亡くなる。ご家族にとって、これほど受け入れがたい経過はありません。本稿では、レポートの内容を紹介したうえで、医療訴訟の観点から問題となる点を整理します。
事例の概要は次のとおりです。
| 事例 | 初期の診断・対応 | その後の経過 | 死因 |
|---|---|---|---|
| 1(幼児期) | 感染性腸炎、麻痺性イレウスを疑い入院。絶飲食 | 約11時間後に呼吸数が50回/分台に。約3時間後、家族の知らせで心肺停止を発見。受診から約16時間後に死亡 | 絞扼性腸閉塞による消化管穿孔の疑い |
| 2(学童期) | 急性胃腸炎として入院。絶食、輸液 | 約12時間後に胃液様の嘔吐。朝方に腹部膨満、CTで腸管拡張と多量の腹水。手術の方針としたが心停止。約24時間後に死亡 | メッケル憩室に伴う絞扼性腸閉塞による腸管壊死 |
| 3(幼児期) | ウイルス性胃腸炎、脱水症として入院 | 入院時の脈拍190回/分台。上腹部膨満、茶褐色の水様嘔吐、SpO2と意識レベルの低下。約14時間後に死亡 | 十二指腸潰瘍穿孔による出血の疑い |
| 4(幼児期・腸重積の術後) | 麻痺性イレウスを疑い入院。絶飲食、輸液 | 浣腸後に腹痛が消失。翌朝に顔色不良と傾眠、アシドーシス。胆汁性嘔吐の後に心肺停止。約17時間後に死亡 | 絞扼性腸閉塞の疑い |
| 5(幼児期) | 便秘症として帰宅 | 浣腸で硬便が出て、痛みの訴えが減ったため、再受診の目安を説明して帰宅。翌朝、自宅で死亡 | 腸捻転による腸閉塞 |
| 6(学童期・ヒルシュスプルング病の術後) | 重度の便秘症として帰宅 | 超音波で腸管内容物の往復像、X線でニボー像。浣腸で排便があり腹痛が改善したため帰宅。自宅で心停止。約12時間半後に死亡 | 壊死型虚血性腸炎(巨大結腸による血管閉塞の疑い) |
6つの事例には共通する流れがあります。腹痛や嘔吐で受診し、胃腸炎、便秘症、麻痺性イレウスなどと診断され、浣腸や輸液、絶飲食で様子を見ているうちに、腸管の絞扼や穿孔が進行していました。4例は入院中に、2例は帰宅後に急変しています。
見過ごせないのは、いくつかの事例で、初期の画像検査の段階から、腸管の拡張や腹水、ニボー像、腸管内容物の往復像など、腸閉塞を疑わせ得る所見が得られていたことです。また、経過中には、頻呼吸や頻脈、腹部膨満、胆汁性や茶褐色の嘔吐、顔色不良、傾眠など、状態の悪化を示す徴候が現れていました。
小児の急性胃腸炎や便秘はありふれた疾患であり、腹痛や嘔吐の多くはこれらで説明がつきます。だからこそ、日本小児救急医学会の小児急性胃腸炎診療ガイドライン(2017年)も、最初の問いとして、急性の嘔吐や下痢を示す小児で鑑別しなければならない疾患を取り上げています。ありふれた診断の陰に外科的な疾患が隠れていないかを確認し続けることが、小児の腹痛診療の基本といえます。
レポートは、胃腸炎や便秘症などと初期診断した後に陥りやすい点として、次のような点を挙げています。
第一に、初期の診断名による先入観から、別の重篤な疾患を疑いにくくなることです。いったん「胃腸炎」と診断されると、その後の嘔吐や腹痛も胃腸炎の症状として受け止められやすくなります。
第二に、伝聞による引き継ぎだけでは病態の把握が難しいことです。勤務交代の申し送りや電話での報告など、実際に患者を診ないまま伝え聞いた情報で判断すると、変化に気づきにくくなります。
第三に、子どもは症状を言葉でうまく伝えられず、悪化の徴候を見逃しやすいことです。
第四に、寝ているように見える状態を、症状の軽快と捉えやすいことです。レポートは、痛みの訴えが減ったり、泣いていた子どもが急に泣かなくなったりした場合には、絞扼や穿孔が進行している可能性があると注意を促しています。事例4〜6では、浣腸の後に腹痛が消えたり、痛みの訴えが減ったりしていました。浣腸で排便があっても、閉塞した部分より下流の便が出ただけということもあり、腸閉塞が否定されるわけではありません。
あわせてレポートは、バイタルサインの変化にも注意を向けています。子どもは、ショックの初期には頻呼吸や頻脈で代償し、血圧は比較的保たれます。血圧の低下や徐脈、意識レベルの低下が現れるのは、すでに心停止が迫った段階です。事例1の呼吸数50回/分台、事例3の脈拍190回/分台は、こうした代償の段階を示す重要な徴候でした。
レポートは、初期の診断後も腹痛や嘔吐が続く場合や、経過観察中に呼吸数や脈拍数の増加などバイタルサインの異常がみられた場合には、腸管の絞扼や穿孔を疑い、速やかに診察して再評価するよう求めています。そのうえで、CTや超音波などの画像検査の実施や、外科的治療の適応を検討し、自施設での対応が難しい場合には高次医療機関への搬送を考慮すべきだとしています。
また、帰宅させる場合には、腹痛や嘔吐が続く、機嫌が悪い、呼吸が荒いなど、普段と違う様子があれば速やかに再受診するよう、保護者に説明することを求めています。
レポートは、医療従事者の裁量を制限したり、義務や責任を課したりするものではないとしています。もっとも、裁判所は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らして注意義務違反の有無を判断します(最判昭和57年3月30日)。初期の診断にとらわれず、症状が続く場合やバイタルサインに異常がある場合に再評価することは、レポートで初めて示された高度な知見ではなく、小児救急における基本的な注意事項を、死亡事例を通じて改めて示したものと考えます。
このような事案で問題となるのは、初期の診断が誤っていたこと自体よりも、その後の経過の中で再評価を怠ったことです。受診した時点では胃腸炎と区別がつかなかったとしても、症状が続き、バイタルサインが悪化していく中で、なお当初の診断のまま経過を見続けたのであれば、経過観察義務や再評価義務の違反が問われます。入院中の事例では、看護師が異常を把握して医師に報告したか、報告を受けた医師が実際に診察したかも重要な検討対象となります。
帰宅させた事例では、帰宅の判断そのものの適否が問われます。再受診の目安を説明していたとしても、それだけで責任を免れるわけではありません。画像検査で腸閉塞を疑わせ得る所見があり、浣腸の後に一時的に症状が和らいだだけであったのであれば、帰宅させずに経過を見る、あるいは外科医の判断を仰ぐべきであったかが検討されることになります。
自施設での対応が難しい場合の転送も重要です。最高裁は、点滴をしても嘔吐が改善せず、軽度の意識障害を疑わせる言動がみられた小学6年生の患者について、開業医には、高度な医療を施すことのできる適切な医療機関へ転送する義務があったと判断しています(最判平成15年11月11日)。小児外科の手術に対応できる医療機関は限られており、腸管の絞扼が疑われる段階での転送の判断は、救命に直結します。
因果関係については、腸管の絞扼や穿孔は、時間の経過とともに壊死やショックへと進行する病態です。適切な時期に再評価して手術が行われていれば、実際に死亡した時点でなお生存していた高度の蓋然性が認められれば因果関係が肯定され(最判平成11年2月25日)、それが認められない場合でも、生存していた相当程度の可能性が証明されれば、損害賠償が認められ得ます(最判平成12年9月22日)。
ご家族に知っておいていただきたいのは、受診して「胃腸炎」「便秘」と言われた後でも、状態が変わることがあるという点です。腹痛や嘔吐が続く、緑色の嘔吐がある、お腹が張ってきた、機嫌が悪い、呼吸が荒い、ぐったりしている、といった様子があれば、夜間であってもためらわずに再受診してください。泣いていた子どもが急に静かになったときも、眠って落ち着いたと決めつけず、顔色や呼吸の様子を確かめることが大切です。
6つの事例では、腹痛や嘔吐というありふれた症状で受診した子どもが、受診からわずか1日足らずで亡くなっています。最初の診断が難しい場合があることは否定できません。しかし、その後の経過には、再評価の機会が何度もあったように見受けられます。「最初の診断を疑い直す」という基本が、小児の腹痛診療で徹底されることを願います。
お子さんが受診後に急変して亡くなり、病院の説明に疑問が残る場合には、まず診療記録や画像、看護記録を取得し、医師との協力体制をもつ弁護士に相談されることをおすすめします。