島田市立総合医療センター・大動脈瘤見落とし−なぜ所見は見過ごされたのか
少し前の報道ですが、静岡県の島田市立総合医療センターで、大動脈瘤の所見が見落とされ患者が死亡した医療事故について、島田市が遺族に2700万円を支払って和解することを明らかにしました。
報道によると、当時73歳の男性は2022年10月、別の病院で大動脈瘤の疑いを指摘され、紹介状を持って同センターの救急外来を受診しました。医師はCT検査を行いましたが所見を見落とし、男性は翌月、大動脈瘤破裂により亡くなっています。市は診断上の落ち度を認めて和解に応じました。
この事案で最も重く受け止めるべきなのは、男性が「大動脈瘤の疑い」という紹介状を持って受診していたという点です。
画像診断における見落としには、いくつかの類型があります。当サイトでもこれまで、外傷の診断目的で撮影されたCTに写っていた肺がんを見落とした事例や、放射線科医の読影レポートに記載された所見を主治医が確認しなかった事例を取り上げてきました。これらは、本来の撮影目的とは異なる偶発的な所見を見落としたという構造でした。
しかし本件は違います。前医が大動脈瘤を疑い、その旨を紹介状に記載し、患者はその紹介状を持参して受診しています。つまり、「大動脈瘤があるかどうかを確認する」ことこそが、そのCT検査の目的だったわけです。何を探すべきかが明示された状態で撮影された画像において、まさに探すべきものが見落とされた。これは偶発的所見の見落としとは、質的に異なる重大性を持ちます。
紹介状の記載は、受診した医療機関に対して診断の方向性を示す情報です。その情報が活かされなかったとすれば、診療情報提供という仕組みそのものが機能しなかったことになります。
大動脈瘤は、破裂するまで無症状で経過することが多い疾患です。そして、ひとたび破裂すれば救命は極めて困難であり、病院到達前に死亡する例も少なくありません。
その一方で、破裂前に発見できれば、待機的な手術やステントグラフト内挿術により治療が可能です。予定手術の成績は緊急手術と比べて格段に良好であることが知られています。つまり大動脈瘤は、発見のタイミングによって転帰が大きく分かれる疾患だといえます。
本件では、受診から約1か月後に破裂して死亡しています。この1か月という期間は、瘤の大きさや形状にもよりますが、精査を経て治療方針を決定し、必要な処置を行うことが十分に可能な時間でした。
過失については、大動脈瘤の疑いという明確な検査目的があったにもかかわらずCT画像上の所見を見落としたことが、注意義務違反にあたります。市が診断上の落ち度を認めていることからも、この点は争いにならなかったものと思われます。
因果関係については、がんの見落とし事案と同様に、最判平成11年2月25日が示した「適切な医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性」の枠組みで判断されることになります。
本件では、2022年10月の時点で大動脈瘤が正しく診断されていれば、瘤の大きさに応じて経過観察または治療介入の方針が立てられ、少なくとも翌月に破裂して死亡するという転帰は避けられた可能性が高いと考えられます。破裂という機序が明確であり、診断されていれば治療可能であったという関係も明瞭ですから、因果関係の立証は比較的しやすい類型といえるでしょう。
和解金2700万円という水準も、これと整合します。73歳男性の死亡事案では、就労による逸失利益は限定的で年金収入の逸失分が中心となり、これに本人慰謝料、遺族固有の慰謝料、葬儀費用等を積み上げると、おおむね2500万円から4000万円程度に落ち着くケースが多くなっています。相当程度の可能性の侵害にとどまる場合の慰謝料が一般に300万円から500万円程度であることと比べると(これが適切かどうかは別として実務としてはこの水準が多いです)、本件が死亡との因果関係を前提とした算定であることがうかがえます。
もう一点、検討すべきなのが、この受診が救急外来であったという点です。
救急外来では、緊急性の高い病態への対応が優先されます。紹介状を持参した患者であっても、その場での主訴や全身状態への対応に注意が向き、画像の詳細な読影が後回しになりやすい環境ではあります。また、放射線科医による読影レポートが後日作成される運用であれば、その時点で改めて所見が確認される仕組みが必要になります。
しかし本件では、破裂までの1か月の間に、そうした事後的な確認も機能しなかったことになります。撮影されたCTについて放射線科医の読影が行われていたのか、行われていたとすればその結果がどう扱われたのか。報道からは明らかではありませんが、事故の構造を理解するうえでは重要な点です。
前医が大動脈瘤を疑い、紹介状を書き、患者はそれを持って救急外来を受診した。診断のための情報は揃っていました。それでも所見は見落とされ、1か月後に患者は亡くなりました。
画像診断の見落としは、当サイトでも繰り返し取り上げてきたテーマです。ただ本件のように、何を探すべきかが明示されていた事案での見落としは、より深刻に受け止められるべきものだと感じます。紹介状という診療情報の連携が、確実に読影に反映される仕組みづくりが求められます。