コラム

幡多けんみん病院・直腸がん手術で血管を切除し死亡ー検査報告書の所見はなぜ生かされなかったのか

【事案の概要】

 高知県立幡多けんみん病院(宿毛市)は2026年10月27日、2025年3月に行った直腸がんの手術で、80代の女性患者が死亡する医療事故があったと発表しました。
【ニュースソース】
・高知さんさんテレビ(2026年10月27日)「大腸がん手術後に80代女性死亡 高知・幡多けんみん病院 主要な血管「問題ない」と切除」
・RKC高知放送(2026年10月27日)「幡多けんみん病院で医療事故 外科手術後女性が死亡【高知】」
・NHK(2026年10月27日)「幡多けんみん病院で患者死亡 検査結果見落とし手術と発表」
・読売新聞オンライン(2026年10月28日)「手術で血管を切除する医療事故、女性患者が多臓器不全で死亡…通常と異なる所見が認識されず」

 報道によると、女性は腹腔鏡による直腸がんの切除手術を受けました。手術では、腹部の大動脈から分かれる主要な3本の血管のうち1本が切除されましたが、女性は残る2本が何らかの原因で閉塞していたため、血流が遮断されました。女性は手術の翌日から呼吸状態が悪化するなどし、意識障害も現れ、血流障害による小腸などの機能不全から、手術の3日後に多臓器不全で死亡しています。
 病院は2025年6月、外部の医師を含む9人の医療事故調査委員会を設置しました。委員会は、女性の特殊な血液の循環動態を理解しないまま定型的な手術を行ったことが原因であると結論づけています。手術前のCT検査の報告書には、この特殊な血液循環についての記載がありましたが、NHKの報道によると、主治医はこの記載を見落としたまま手術を行っていたとされています。病院は、ご家族に調査結果を説明して謝罪したとのことです。

【何が起きたのかー3本の血管と側副血行路】

 腹部の大動脈からは、消化管や肝臓などに血液を送る血管として、腹腔動脈、上腸間膜動脈、下腸間膜動脈の3本が分かれています。おおまかにいえば、腹腔動脈は胃や肝臓などを、上腸間膜動脈は小腸から大腸の右半分を、下腸間膜動脈は大腸の左半分から直腸の上部までを養っています。これらの血管は互いにつながっており、1本の血流が途絶えても、ほかの血管から血液が回り込む仕組み(側副血行路)があります。
 報道では血管の名称は示されていませんが、直腸がんの手術では、リンパ節を含めて切除するために下腸間膜動脈を切離することが一般的に行われており、本件で切除されたのもこの血管と考えられます。通常であれば、下腸間膜動脈を切離しても、その領域には上腸間膜動脈から血液が回り込むため、問題は生じません。
 しかし本件では、残る2本、すなわち腹腔動脈と上腸間膜動脈が閉塞していたことになります。この場合、胃や小腸、肝臓などへの血液は、下腸間膜動脈から側副血行路を通って送られていたと考えられます。読売新聞が、切除された血管を「胃、腸、肝臓などに、酸素や栄養を最も多く送り届けている血管」と表現しているのは、このためでしょう。その血管を切離したことで、消化管や肝臓の広い範囲で血流が失われ、多臓器不全に至ったものと考えられます。
 報道では、3本のうち1本を切除する手術は広く行われている手法であり、残る2本が閉塞しているような異常は極めてまれだとされています。一方で、腹腔動脈や上腸間膜動脈が閉塞した患者では、下腸間膜動脈が側副血行路として発達し、手術の際にこれを損なわないよう配慮した症例が外科の文献で報告されています。大腸の手術の前に、造影CTで血管の走行や側副血行路を確認することの有用性も指摘されています。

【「通常は問題ない」という判断の落とし穴】

 本件で最も重く受け止めるべきなのは、この血管の異常が、手術前のCT検査の報告書にすでに記載されていたという点です。異常を見抜けなかったのではなく、指摘されていた所見が手術の方針に生かされなかったことになります。
 主治医がどこまで所見を認識していたのかについては、報道によって表現に違いがあります。NHKは主治医が報告書の記載を見落としたと報じていますが、高知さんさんテレビは、異常の指摘はあったものの、主要な3本の血管は通常は血流が止まることがないため、主治医は1本を切除しても問題ないと考えたと報じています。いずれにしても、調査委員会が指摘するとおり、この患者の特殊な血液循環が理解されないまま、「通常は問題ない」という前提で定型的な手術が行われた点は共通しています。
 定型的な手術は、多くの患者に共通する解剖を前提に組み立てられています。術前のCT検査は、その前提から外れる患者を見つけ出すために行われるものです。報告書が「通常とは違う」と伝えていたにもかかわらず、通常どおりの手術が行われたのであれば、検査は安全装置として機能しなかったことになります。
 画像診断報告書の確認不足は、医療安全の分野で長年の課題とされてきました。日本医療機能評価機構は医療安全情報(No.63、No.138)で繰り返し注意を呼びかけ、厚生労働省も2017年と2018年に医療機関への周知を求めています。そこでは、報告書を確認しなかった背景として、自身の専門領域への過信や、ほかの検査で診断がついていたことなどが挙げられています。もっとも、これまで主に問題とされてきたのは、検査の目的とは別の部位に見つかったがんなどの所見が見過ごされる事例でした。本件の所見は、まさにこれから行う手術で切除する血管に関わるものであり、手術の方針を決めるうえで直接必要な情報でした。

【法的な観点から】

 手術を行う医師には、手術前に必要な検査を行い、その結果を確認したうえで、患者の状態に応じた術式を選択する注意義務があります。検査報告書に血管の異常が記載されていた以上、その所見を確認し、切除しようとする血管がこの患者にとってどのような役割を果たしているのかを検討することは、手術を行う医師として当然求められる対応といえます。病院の調査でも、記載の見落としや循環動態を理解しないまま手術を行ったことが原因とされており、注意義務違反が争点となる余地は小さいと考えられます。
 仮に主治医が異常の指摘自体は目にしていたとしても、その意味を検討しないまま、通常は問題ないとして切除してよいと判断したのであれば、やはり注意義務違反と評価されると考えます。この異常は極めてまれだとされていますが、異常が報告書に記載されていた本件では、まれであることは予見できなかった理由にはなりません。腹腔動脈や上腸間膜動脈が閉塞している患者で下腸間膜動脈を切離すれば、消化管などの血流が失われ得ることは、血管の解剖と側副血行路の仕組みから導かれる基本的な知見だからです。
 結果を回避する手段としては、下腸間膜動脈を温存する術式の選択や、側副血行路の走行によっては左結腸動脈を残して切離する方法、血管外科などと連携した術前の血行再建の検討などが考えられます。どの方法が適切であったかは、がんの進行度や全身状態を踏まえた医学的な検討を要しますが、病院自身も、CT検査の結果を慎重に検討していれば別の対処ができた可能性があったとしています。
 因果関係については、調査委員会が、血管の切除による血流遮断を死亡の原因と結論づけています。がんを患っていた80代の患者であっても、因果関係は、適切な手術が行われていれば実際に死亡した時点でなお生存していたかという観点から判断されます(最判平成11年2月25日)。がんの予後は損害額の算定で考慮されることはあっても、因果関係を否定する理由にはなりません。本件で因果関係が認められる可能性は高いでしょう。なお、県立病院の事故ですので、損害賠償は設置者である高知県に対して求めることになります。

【再発防止策について】

 病院は再発防止策として、CT検査の報告書に「重要所見」を表示して通知すること、その場合には複数の医師で画像を確認し、治療方針や手術方法を検討することなど、手術前後の手順を見直したとしています。所見の評価を主治医一人の判断に委ねない仕組みとして、意味のある対策です。
 もっとも、本件の所見は手術の安全に直結するものでした。表示や通知に加えて、手術に関わる所見については放射線科医が執刀医に直接伝えることや、術前カンファレンスで切除する血管と側副血行路を確認する手順を明確にしておくことも必要ではないかと考えます。腹腔鏡手術では、開腹手術のように手で触れて血管の拍動を確かめることが難しく、術前画像によって血管の走行を把握しておくことの重要性はより高いといえます。

【おわりに】

 直腸がんの手術を受けた女性は、術前の検査で指摘されていた血管の異常が手術に生かされないまま、手術の3日後に亡くなりました。広く行われている定型的な手術であっても、患者一人ひとりの体は異なり、その違いを捉えるために術前の検査が行われています。検査で得られた情報が、手術を行う医師の判断に確実に届く体制が求められます。
 手術後に予想しない経過でご家族を亡くし、病院の説明に疑問が残る場合には、まず診療記録や画像、検査報告書を取得し、医師との協力体制をもつ弁護士に相談されることをおすすめします。

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