コラム

小林市立病院・胸腔ドレナージ中の血管損傷による死亡ー挿入時の注意・損傷後の対応

【事案の概要】

 宮崎県小林市は2026年9月30日、市立病院で同年5月、胸腔内にたまった膿を抜く処置を受けていた60代の男性が死亡したことを明らかにしました(読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース、2026年10月1日配信)「胸腔内にたまった膿を抜く処置中、血管を傷つけて出血多量で死亡…市側が遺族に2660万円支払いで和解」)。
 報道によると、男性は5月20日、左胸の痛みや発熱を訴えて一般外来を受診しました。検査で胸腔内に膿がたまっていることが分かり、医師が胸腔内に管などを挿入して膿を抜く処置をしていたところ、血管を傷つけ、男性は出血多量で亡くなったとされています。
 市側は責任を認め、9月上旬に遺族との間で約2660万円を支払う内容の和解が成立しました。市は和解額について市議会の承認を求める議案を追加提案し、全会一致で可決されています。病院は現在、外部の医師を加えた調査委員会を設置して検証を進めているとのことです。

【膿胸と胸腔ドレナージ】

 胸腔内に膿がたまった状態は膿胸と呼ばれ、抗菌薬の投与に加えて、膿を体外に排出するドレナージが治療の柱となります。胸壁を切開し、肋骨と肋骨の間から胸腔内に管(胸腔ドレーン)を挿入する処置は、呼吸器内科や呼吸器外科、救急の現場で日常的に行われているものです。
 一方で、この処置には一定の合併症があることも知られています。胸腔ドレーンは、外から見えない胸腔内に向けて管を進める処置であり、挿入の位置や方向を誤れば、肺や心臓、肝臓や脾臓といった臓器、あるいは血管を傷つけるおそれがあります。出血の原因としては、肋間動静脈や内胸動脈の損傷などが挙げられています。

【挿入時に求められる注意】

 胸腔ドレーンの挿入時に臓器や血管を損傷する事故は、これまでも繰り返し報告されてきました。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は2020年8月、「PMDA医療安全情報No.60 胸腔ドレーン取扱い時の注意について」を公表し、医療現場に注意を呼びかけています。
 そこでは、血管や肺、心臓などの臓器を損傷しないよう挿入位置と挿入方向に注意すること、肋骨の直下には肋間動脈・肋間静脈・肋間神経が走行しているため損傷しないよう注意すること、慎重に挿入し、違和感があれば挿入操作を中断して異常の有無を確認すること、そして挿入後には画像で位置を確認し、患者の状態をモニタリングすることが求められています。
 膿胸の場合、膿が胸腔内の一部に仕切られてたまっていることもあり、どこに管を入れるかの判断がより重要になります。超音波やCTで貯留部位を確認したうえで、安全な挿入部位と方向を選ぶことが基本となります。
 本件で、どの血管が、どの時点で、どのような操作によって損傷したのかは、報道からは明らかではありません。挿入部位の選択、事前の画像による確認、挿入の手技、そして処置を担当した医師の経験や指導体制がどうであったかは、調査委員会によって検証されるべき点です。

【損傷後の対応も問われる】

 もう一つ重要なのが、血管を損傷した後の対応です。
 ドレーンから血性の排液が続く、血圧が下がる、脈が速くなるといった変化は、出血を疑わせる所見です。出血が疑われた場合には、輸血による循環の維持とあわせて、開胸による止血や血管内治療による止血、あるいはそれらが可能な医療機関への搬送を速やかに検討する必要があります。
 当サイトで以前取り上げた北海道がんセンターのロボット手術の事例でも、術中の血管損傷そのものに加えて、その後の血圧低下や出血に適切な処置がとられなかったことが問題とされていました。血管損傷は一定の頻度で起こり得る合併症であるからこそ、損傷に気づき、止血につなげるまでの対応が、結果を大きく左右します。本件でも、出血に気づいた時点から死亡に至るまでに、どのような判断と処置が行われたのかを明らかにする必要があります。

【法的な観点から】

 胸腔ドレナージに伴う血管損傷は、適切な手技を行っても一定の頻度で起こり得る合併症です。そのため、血管を損傷したという結果だけで直ちに過失が認められるわけではありません。法的には、挿入部位や方向の選択が適切であったか、損傷を避けるための確認が尽くされていたか、損傷後に出血を速やかに把握して止血の措置をとったかといった点が、当時の医療水準に照らして検討されることになります。
 本件では、市側が責任を認めて和解しています。報道からは、どの点について過失を認めたのかまでは分かりませんが、60代男性の死亡事案で約2660万円という和解額は、死亡との因果関係を前提とした損害の算定と考えられる水準です。因果関係の立証が難しく「相当程度の可能性」の侵害として評価される事案では、慰謝料はおおむね数百万円程度にとどまることが多く、それとは性質の異なる解決といえます。

【調査の完了より先に和解が成立したこと】

 本件の特徴は、事故から約4か月という短い期間で和解が成立した点にあります。以前取り上げた北海道がんセンターの事例では、事故から和解まで約4年を要しました。責任が明らかな事案について、訴訟を経ずに早期に賠償がなされたことは、ご遺族の負担を軽減するという意味で評価できる対応です。
 ただし、病院の調査委員会による検証は、現在も続いています。賠償についての合意が成立したことと、何が起きたのかがご遺族に十分に説明されたこととは、別の問題です。和解によって説明の責任が終わるわけではありません。調査の結果がまとまった段階で、その内容がご遺族に丁寧に伝えられ、再発防止策に具体的に反映されることを期待します。

【おわりに】

 胸の痛みと発熱で外来を受診した男性が、治療のための処置の最中に血管を損傷され、命を落としました。ご遺族にとっては、あまりに突然の別れだったと思います。胸腔ドレナージは日常的に行われる処置だからこそ、挿入時の慎重さと、万一の損傷に備えた体制の両方が欠かせません。調査委員会による検証が、同じ事故を防ぐための具体的な教訓につながることを願っています。

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