コラム

熱中症への対応―病院が敗訴した2つの裁判例に学ぶ

【熱中症も「医療事故」になり得る】

 厳しい暑さが続く季節になりました。熱中症は暑さという外的環境によって発症しますが、医療機関を受診した後に適切な診断や冷却治療が行われなければ、医療事故として法的責任が問われることがあります。ここでは、実際に病院・医師が損害賠償を命じられた2つの裁判例を判決文に即して掘り下げるとともに、2024年に改訂された日本救急医学会の熱中症診療ガイドラインを踏まえて、現在の医療水準がどこにあるのかを整理します。
 なお、この記事は、日本医事新報社の連載(一二三亨・杏林大学准教授)の記事を参考に、裁判例を私の方で確認しなおしたうえで作成したものです。
https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_28927

【事例1―冷却の「遅れ」と「方法」を二段階で過失とした福岡地裁判決】

 福岡地裁平成15年10月6日判決(判タ1182号276頁)は、炎天下の野球部練習中に倒れた高校1年生(15歳)が、市立病院に搬送された後に多臓器不全で死亡した事案です。搬送時の腋窩温は39.9℃で、担当医は「脱水・熱中症」と診断して氷嚢による冷却を行いましたが、体温は約10時間にわたり腋窩温で39℃以上の状態が続き、その後、患者は肝不全、腎不全、DICなどの多臓器障害を発症して、転院先の大学病院で死亡しました。
 この判決の実務的に重要な点は、過失を二段階に分けて認定したところにあります。
 第一に、搬送直後(午後0時25分)の時点で、直ちにクーリングを開始すべき注意義務があったのに、輸液や各種検査に約1時間半を費やし、その間に冷却を始めなかったこと。判決は、冷却はバイタルサインのチェックなどの初期的処置と同時並行で行うべきであり、熱射病の疑いがある以上「可能な限り直ちにクーリングを行うべきであった」として、この遅れ自体を過失と認めました。
 第二に、氷嚢による冷却を開始した後も高体温が続き、十分な冷却効果が得られていなかったにもかかわらず、遅くとも午後3時30分の時点で、氷嚢法から蒸発法(体表に水やアルコールを塗布して送風し気化熱で冷却する方法)へ変更するか、氷嚢法に蒸発法や冷却輸液などを追加すべきであったのに、従前の方法を漫然と継続したこと。判決は、氷嚢法は冷却速度が比較的遅く効率もよくないとしたうえ、本件では現に冷却効果が得られていなかった以上、蒸発法への変更または蒸発法・冷却輸液などの追加をすべきであったと認定し、この点も独立の過失としました

 被告病院は「氷嚢法も一般的に行われている方法だ」「当院ではこれで対処できていた」と反論し、さらに担当医が蒸発法を用いた経験がなかったことなども主張しました。しかし判決は、蒸発法が簡便で特別な設備を必要とせず担当医もその方法を知っていたことなどを挙げて、これを退けています。少なくとも、簡便で実施可能な方法を担当医自身も知っていた本件では、実際に用いた経験がなかったことは免責の理由にならないとされた点は重要です。ここで示された「医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたとは直ちにいうことはできない」という判示は、医療訴訟全般に通じる重要な考え方です。
 「みんなこうしている」ことと「そうすべきである」ことは別だ、という視点です。

 因果関係について、判決は、当時、適切なクーリングを実施した熱射病症例の救命率が約90%であったこと、来院時の体温が救命例と比較して特に高いものではなかったこと、そして搬送後約10時間にわたり39℃以上の高体温が続いたことなどを総合し、適切なクーリングが行われていれば救命できた高度の蓋然性があると認定しました。判決は、熱射病の重症度は最高体温だけでなく、高体温の程度とその持続時間によって左右されることを重視しています。
 損害については、逸失利益4413万3555円、本人慰謝料1800万円などが認定されました。学校健康センターから支給された死亡見舞金2500万円を控除したうえで、弁護士費用を含め、両親に対しそれぞれ2206万6777円の支払が命じられています。

【事例2―熱中症を見落とし、脳震盪と誤診した静岡地裁判決】

 静岡地裁沼津支部平成6年11月16日判決(判時1534号89頁)は、全校マラソン中に倒れた私立高校1年生(16歳)が、搬送先の脳神経外科医院で脳震盪と診断されて入院し、翌日に死亡した事案です。担当医は頭部CTと単純X線検査で頭蓋内出血がないことを確認しましたが、意識障害の原因を頭部打撲による脳震盪と即断し、熱射病や脱水、低血糖など、頭蓋内疾患以外の全身性・代謝性の原因を鑑別に含めませんでした。患者は翌日、熱射病に脱水と低血糖を併発し、末梢循環不全によるショックから多臓器不全に至って死亡しています(死亡確認時の直接死因は「急性心不全」と記載されました)。

 判決は、長距離走行後に意識を失って転倒したという発症経緯、顔面紅潮、40℃に達する高体温とその持続、長時間にわたる重い意識障害などから、遅くとも午後6時30分頃までには熱射病を疑診することが可能であったとしました。その後に認められた血圧低下、乏尿、著しい低血糖も、熱射病や脱水に伴う全身状態の悪化を示す所見でした。
 判決が問題としたのは、単に「熱射病という診断名を付けなかったこと」だけではありません。頭部CTで頭蓋内出血などを除外した後は、意識障害の原因として熱射病、脱水、低血糖などの全身性・代謝性の原因を検討し、血液・尿検査を行うとともに、直腸温、血圧、呼吸状態、時間尿量などを継続的に観察すべきであったとしています。また、救急患者を受け入れた医師は、搬送時に付された情報や自らの専門領域だけにとらわれず、付添いの校医や教師から発症経緯・発見時の状態・応急処置の内容を聴取し、自ら意識障害の原因を検討すべきであったとされました。実際、校医はむしろ脱水を疑って応急処置を行っており、担当医が情報を聴取していれば脱水の可能性を知り得たと認定されています。

 さらにこの事案では、脱水状態の患者に対する利尿薬マンニトールの投与が問題となりました。判決は、まずテスト量を投与し、尿量と全身状態を観察しながら慎重に投与すべきであったのに漫然と投与したとして過失を認定しています。頻回の下痢に加え、マンニトールの強い利尿作用によって脱水状態が深刻化し、その後、患者は低血糖を伴う重篤なショック状態に至ったと認定されました。鑑別診断の誤りが、誤った治療選択に直結した事例です。
 なお、この医院は常勤医師が被告1名のみで、搬送時には被告が別の患者の手術中であり、その後の夜間診療は非常勤医師と准看護師が担当していました。もっとも、この人員体制それ自体を独立の過失としたわけではなく、そうした体制で患者を受け入れながら必要な診察・検査・観察指示をしなかったことが問題とされています。
 因果関係についても、判決は、搬入当初には循環動態や呼吸、血圧が正常域にあり直ちに不可逆的な状態にあったとはいえない一方、その後に熱射病、脱水、低血糖が進行してショック、多臓器不全に至ったとして、診断・治療上の過失と死亡との因果関係を認めました。

【2つの判決に共通する構造】

 これら2つの裁判例は、熱中症診療における医療者の過失が、大きく2つの類型に分かれることを示しています。事例1は、熱中症(熱射病)と診断しながら冷却という治療が不適切であった類型であり、事例2は、そもそも熱中症を見落として別の疾患と誤診した類型です。
 いずれの判決にも共通するのは、熱射病が単なる一時的な発熱ではなく、高体温、脱水、循環不全などが持続することで臓器障害が進行する、時間依存性の強い病態であるという理解です。福岡地裁判決は、熱射病の重症度は最高体温だけでなく、高体温の程度とその持続時間によって左右されることを重視しました。静岡地裁沼津支部判決も、診断と全身管理の遅れに加え、脱水患者へのマンニトール投与によって脱水が深刻化し、ショックから多臓器不全へ進行した経過を認定しています。

 そして両判決に通底するもう一つの視点は、「処置をしたか」ではなく「効果を確認し、必要なら修正したか」を問うている点です。事例1では、氷嚢を置いたという形式的事実ではなく、ほぼ2時間おきの腋窩温測定にとどまり、冷却効果が得られていないことが判明しても方法を変更・追加しなかったことが問題とされました。実施した処置の名称ではなく、実際に体温が低下しているかを確認し、効果がなければ治療方法を変更・追加する義務が問われたのです。

【ガイドライン2024が示す診療の考え方】

 これらの判決は平成6年・平成15年のものですが、熱中症診療はその後大きく進歩しています。2024年7月に改訂された日本救急医学会『熱中症診療ガイドライン2024』は、法的な「医療水準」を考えるうえでも参考になる内容を含んでいます。
 第一に、「Active Cooling(積極的冷却)」という概念の整理です。冷水浸漬、蒸散冷却、胃・膀胱洗浄、氷嚢による局所冷却、血管内体温管理療法などが、Active Coolingに位置づけられています。他方、ガイドラインは、特定の冷却法を一律に優先する推奨までは示しておらず、患者の病態や各施設の設備、実施可能性に応じて冷却方法を選択することになります。なお、冷蔵した輸液の投与や冷所での安静は「Passive Cooling」とされ、Active Coolingとは区別されています。重症例には、Active Coolingを含む集学的治療を行うこととされています。
 第二に、「Ⅳ度」という最重症区分の新設です。深部体温40.0℃以上かつGCS8以下(意識障害が深い状態)をⅣ度と定義し、Ⅳ度と判断した場合には、早急にActive Coolingを含む集学的治療を実施することが提唱されました。深部体温を直ちに測定できない場面では、表面体温40.0℃以上または皮膚に明らかな熱感があり、かつGCS8以下またはJCS100以上である場合を「qⅣ度」とし、深部体温の測定と迅速な対応につなげることとされています。
 第三に、冷却の目標が具体化されたことです。ガイドラインは、氷嚢、蒸散冷却、冷水浸漬など従来型のActive Coolingを行う場合、深部体温38.0℃を目標として速やかに冷却することを弱く推奨しています。ただし、根拠となるエビデンスの確実性は非常に低く、高度な体温管理療法を行う場合には必ずしも38.0℃に固執する必要はないとされています。冷却速度についても、毎分0.15℃を一つの目安として目標を設定することが弱く推奨されていますが、この数値の根拠は主として労作性熱中症の症例報告・症例集積に基づくもので、エビデンスの確実性は低いことに注意が必要です。ガイドラインでは、38.0℃までの冷却に3時間以上を要した患者では、3時間以内に到達した患者と比べ、死亡または神経学的後遺症などの転帰不良が約2倍であったとする観察研究も紹介されています。
 なお、熱射病の高体温は、体温設定中枢のセットポイント上昇による通常の発熱とは異なる病態です。ガイドラインは解熱薬を使用しないことを弱く推奨しており、高体温に対しては解熱薬ではなく迅速な物理的冷却が治療の中心になります。この点は、解熱薬が投与された事例2との関係でも示唆的です。もっとも、同判決が解熱薬の投与自体を独立の過失として認定したものではありません。

【診療ガイドラインと「医療水準」】

 診療ガイドラインは、それ自体が法的な注意義務の内容を一律に決定するものではありません。しかし、作成当時の医学的知見や標準的な診療の考え方を示す重要な資料であり、推奨の強さ、患者の病態、医療機関の機能、実施可能性などと併せて、医療水準を判断する際の一つの有力な根拠となります。
 したがって、重症患者については、単に「氷嚢を当てていた」「涼しい部屋に移していた」という事実だけでなく、深部体温や全身状態を継続的に評価し、必要な速度で体温が低下していたか、効果が不十分な場合に冷却方法の追加・変更を検討したかが問われることになります。これは、事例1の福岡地裁判決が示した視点と本質的に同じものです。

【おわりに】

 重症熱中症では、診断と冷却治療をどれだけ早く開始できるかが、生命予後や後遺症に大きく影響します。もっとも、適切な治療を行っても救命できない重症例は存在します。そのため、医療上の結果が重大であったというだけで直ちに法的責任が認められるわけではなく、当時の症状や検査所見に照らして熱中症を疑うことができたか、速やかに適切な冷却を開始したか、その効果を評価して治療を修正したかを個別に検討する必要があります。
 2つの裁判例が示した教訓――速やかに冷却を開始すること、冷却効果を継続的に評価して必要に応じて方法を追加・変更すること、意識障害の原因として熱中症を適切に鑑別すること――は、ガイドライン2024において、より具体的な診療上の課題として整理されています。熱中症診療における法的責任を検討する際には、診断名や実施した処置の名称だけでなく、時間経過に即して、実際に必要な診断・治療効果が得られていたかを検討することが重要です。
 いずれの事案も15歳と16歳という若い命が失われた大変痛ましい事件です。
 このような裁判例とガイドラインの教訓が診療現場で生かされ、救えるはずの命が失われる事態が繰り返されないことを願います。

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