コラム

神戸市立医療センター中央市民病院・肺がん疑い所見の見落とし―大規模病院で1年半埋もれた画像診断レポート

【事案の概要】

 神戸市は、神戸市立医療センター中央市民病院で、脳梗塞疑いで緊急搬送された80代男性患者について、画像診断レポートに記載された「左上葉肺がん疑い」の所見を見落とす医療事故があったと発表しました。
 報道によると、男性患者は2024年6月、脳梗塞の疑いで同病院に緊急搬送された際、頭部などを中心にCT画像を撮影されました。その際に作成された画像診断レポートには「左上葉肺がん疑い」との所見が記載されていましたが、救急科や脳神経内科の医師がこの記載を見落とし、精密検査や専門科への紹介が行われなかったとされています。
 男性患者は約1年半後の2025年12月、胸水貯留の症状で呼吸器内科を受診した際に肺がんと診断され、見落としが発覚しました。この時点でがんは既に脳など他の部位へ転移しており、手術による根治が困難な状態まで進行していました。遺伝子検査の結果、有効性が期待できる分子標的治療薬が判明したため2026年1月から投薬治療が開始され、腫瘍の縮小が確認されているとのことです。

【繰り返される「読影レポート未確認」の構造】
 画像診断レポートに記載された所見を主治医側が見落とし、必要なフォローアップにつながらないという事案は、全国で繰り返し発生しています。神戸市立の別病院である神戸市立医療センター西市民病院でも、外傷診断目的で撮影されたCT画像上のがんを見落とし、約1年5か月後に進行がんとして発見された事例が公表されたばかりです。旧姫路循環器病センター(現・県立はりま姫路総合医療センター)では、放射線科医が2回にわたって指摘した肺がん所見を主治医が確認せず、患者が死亡する事案が起きました。
 本件は、これらの事案とほぼ同じ構造を持ちます。放射線科医は職責を果たして所見を明記していたにもかかわらず、それを受け取るべき診療科側でレポート確認が行われないまま情報が電子カルテの中に埋もれてしまう。「読影」と「読影結果の主治医による確認」の両輪のうち、後段が機能しないという構造的問題です。

【救急搬送の場面という特殊性】

 本件で注目すべきは、事故発生の場面が救急搬送時のCT撮影であった点です。
 脳梗塞疑いで緊急搬送された患者に対しては、救急外来において頭部CTを中心とした急性期評価が最優先となります。医師は目の前の緊急疾患への対応に集中しており、撮影されたCT画像における「本来の依頼目的以外の所見」への注意が相対的に低下しやすい場面といえます。
 しかも本件では、救急科と脳神経内科の複数科の医師が関与していたと考えられますが、いずれの科もレポート記載を見落としました。「他の科が確認しているだろう」という相互依存的な心理が働きやすい構造も、この種の見落としを助長します。
 救急搬送の場面という緊急対応の必要性は、画像診断レポートの確認義務を免除する理由にはなりません。むしろ、救急対応を終えた後、入院期間中や外来フォローアップの過程で、画像診断レポートを改めて確認する仕組みが構築されている必要があります。本件では、その仕組みが機能しなかったといえます。

【法的な観点から】

 過失については、画像診断レポートに「左上葉肺がん疑い」と明記されていた以上、これを確認しなかったことは注意義務違反として認められる典型例です。神戸市が事故を認めて公表している以上、過失の存在自体は争いになりにくいでしょう。
 より重要な論点は、因果関係すなわち損害の評価です。
 肺がんの見落とし事案では、最判平成11年2月25日が示した基準――「適切な医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性」の証明――が判断の枠組みとなります。本件では患者が現在も治療を継続中で、死亡には至っていない点が特殊です。
 この場合、以下の観点で損害を評価することになります。
 第一に、2024年6月時点で発見されていれば、どの程度の病期であり、どのような治療が選択できたか。これは画像から判断していくことになるでしょう。
 第二に、その治療によって手術による根治が可能であったか、あるいは根治困難であっても現在よりも良好な予後が期待できたか。これは一般的な予後を統計的資料から確認していくことになります。
 現時点で患者はご存命であり、投薬治療で腫瘍縮小が確認されているとのことですが、既に転移が生じている段階では長期予後は不透明です。死亡との因果関係が認められる場合には、死亡(またはそれに準ずる)慰謝料、将来生じ得る治療費・逸失利益などが損害の主要項目となります。ご本人のご意向にもよりますが、できればご存命のうちに、必要な賠償請求について検討を進めることが重要です。

【一般病院と大規模病院との対比】

 本件で特に印象的なのは、神戸市立医療センター中央市民病院という、神戸市を代表する大規模基幹病院で起きた事案であることです。
 先日のコラムで取り上げた那智勝浦町立温泉病院の事案は、地方の中小規模病院で放射線科医が不在という体制の問題でした。本件は、放射線科医が常勤で読影レポートも適切に作成されている大規模病院において、それでもなお主治医側の確認プロセスが機能しないという、大規模病院ならではの見落とし構造を示しています。
 規模の大きな病院ほど、多くの診療科が関わり、患者一人あたりに関与する医師の数も多くなります。それは高度な医療を提供する強みである一方、情報伝達の責任分担が曖昧になりやすいという弱点も持っています。「誰かが見ているだろう」という感覚が生じやすく、結果として誰も確認しないという事態が起こり得るのです。
 私が相談を受けたり担当している同種の画像見落としの事案は、有名な大学病院も含まれています。ヒューマンエラーは病院の規模によって変わりません。

【技術的解決の遅れ】

 読影レポート未確認問題への対応として、既に多くの技術的解決策が提案されています。電子カルテ上での読影レポート確認状況の管理、緊急性の高い所見を主治医に直接通知するアラートシステム、確認されていないレポートの一定期間経過後の自動通知など、システム的な対策は導入が可能な状況にあります。
 それでも同種の事故が繰り返し発生している現実は、こうしたシステムが十分に浸透していないか、あるいは形骸化して機能していないことを物語ります。再発防止策として「確認の徹底」を掲げるだけでは不十分であり、確認の実効性を担保するシステムをどこまで構築しているかが、各病院に問われている段階といえます。

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