岐阜大学医学部附属病院・アラーム放置による患者死亡事故―退院4日前に失われた命と『アラーム疲労』
岐阜大学医学部附属病院は2026年6月23日、入院患者がアラーム対応の遅れにより死亡する医療事故があったと発表しました。発表によると、患者は唾液などの誤嚥を防ぐ手術を受けて入院しており、2025年7月、退院の4日前に低酸素状態となって装着機器が異常を検知しました。ナースステーションでアラームが鳴ったものの、看護師は音を消しただけで病室訪問などの対応を取らず、患者は約1時間後に心肺停止状態で発見され、その後死亡しています。
同病院が2025年末に設置した外部の専門家らによる調査委員会は、手術自体と術後対応については問題がなかったと認定したうえで、アラームが鳴ったときの対応とアラーム通知システムの運用に問題があったと結論付けています。同病院では2018年にも同様の医療事故が発生して再発防止策が取られてきましたが、今回再び同種の事故が発生したことになります。
この事案で特に重く受け止めるべきは、患者の異変が退院の4日前に起きたという事実にあります。退院間近ということは、それまでの経過が概ね順調であり、手術も成功し、術後の経過観察も終盤に差し掛かっていたことを意味します。患者ご本人もご家族も、もうすぐ自宅に戻れるという期待を持っていたはずです。
低酸素状態となった原因が不明であるため、簡単には結論付けられませんが、少なくとも調査委員会が「手術は適切で、術後の対応にも問題はなかった」と認定していることからすれば、手術そのものに起因する死亡ではなかったといえます。それだけに、アラーム対応という手術後の管理の一場面に起きた失策で命が失われたことの理不尽さは際立ちます。
医療現場におけるアラームの取扱いをめぐる問題は、長年にわたって議論されてきました。心電図モニター、人工呼吸器、輸液ポンプ、SpO2モニター、ナースコールなど、患者の状態に関わる機器は常に何らかのアラームを発しています。それぞれが正しく作動しても、病棟全体では絶え間なくアラーム音が鳴り続けることになります。
この状態が続くと、医療スタッフはアラーム音への感受性が低下していき、本当に重大なアラームを見落としてしまいます。これを「アラーム疲労(alarm fatigue)」と呼びます。米国でも患者安全上の重要な課題として位置づけられており、設定の最適化、優先度の差別化、運用ルールの整備が国際的に提唱されてきました。
今回の岐阜大学病院の再発防止策には、「不要なアラームが鳴らないような取り組み」が明示されています。これは、アラーム疲労を病院として公式に認め、その解消に取り組むという宣言と読めます。アラーム疲労の問題を真正面から認めることは、現場の負担軽減のための一歩として評価できるところです。しかし、それは同時に、これまでアラーム設定の最適化が十分に行われてこなかったことの裏返しでもあります。
看護師の過失は極めて明白といえます。患者の容体悪化を知らせるアラームが鳴ったにもかかわらず、確認に行かずに音だけを止めるという対応は、看護業務の基本的な注意義務に正面から違反しています。アラームの意義は「患者の異常を知らせること」にある以上、それを止めながら患者を確認しないという行為は、アラームシステムを実質的に無効化する行為と評価せざるを得ません。
より問題となるのは因果関係です。調査委員会は手術と術後対応に問題はなかったと認定しており、争点はアラームが鳴った時点で適切に対応していれば救命できたかという点に絞られます。原因にもよりますが、低酸素状態を検知した時点で速やかに対応していれば、約1時間後に心肺停止状態で発見されるという事態は避け得たと考えるのが自然でしょう。適切な対応がなされていれば死亡時点でなお生存していた高度の蓋然性が証明される余地は十分にあるように思われます。
同病院で2018年にも同様の事故が発生し再発防止策が取られていたにもかかわらず、再び同種の事故が発生した事実は、極めて重く受け止める必要があります。
医療事故が起きた後の再発防止策は、紙の上で立派なものを作成しても、現場で実装されなければ意味がありません。「アラーム対応マニュアルを整備する」「研修を実施する」「チェック手順を確認する」といった対策は、多くの病院で実施されていますが、現場の業務量と組織文化の中に組み込まれなければ形骸化していきます。本件は、2018年の事故後に何らかの再発防止策が立てられながら、それが実効的に機能しなかったことを示しています。病院内で、このような対応が常態化していた可能性もあり、単なる個人の問題に矮小化してはなりません。
今回の再発防止策には「医療チーム全体で患者の状態やアラームの設定状況などの情報を共有し、対応方針を決める」とあります。アラームの設定そのものを患者ごとに適切化し、不要なアラームを減らすという方向は、アラーム疲労への正攻法のアプローチです。ただ、これは2018年の事故時点でも検討されるべきだった対策であり、約7年を経て再び同種事故を契機に表明されている現実は重く受け止められるべきです。
同種事案の再発という事実は、法的責任の評価にも影響を与え得ます。2018年に同様の事故を経験しながら再発防止策が機能していなかったとすれば、看護師個人の過失を超えて、病院の組織的な安全管理体制の不備が問われることになります。これは使用者責任の枠を超えて、病院自体の独立した過失として評価される余地のある事案です。
退院まであと4日というところで、アラームを止めただけで病室を確認しなかったという単純ではあるが致命的な不作為により、患者の命が失われました。アラーム疲労という構造的問題は容易には解決しませんが、だからといって看護師個人の責任が免責されるわけではありません。病院には個人の頑張りに依存しないシステムの構築が求められています。同じ過ちを二度と繰り返さない仕組みづくりに、各医療機関が真剣に取り組むことを願っています。