患者(被害者)の属性
72歳男性 ステージⅣの切除不可能な胆道癌を患い,抗がん剤治療が必要であり,余命は6か月程度であった判例要旨
被告病院において胆嚢癌の左右胆管合流部への浸潤による閉塞性黄疸に対する内視鏡的逆行性膵胆管造影検査(ERCP検査)を受けた患者が検査後にERCP後膵炎を発症し、同検査から26日後に死亡した事案について、急性膵炎に対する初期輸液量の不足、急性膵炎の重症度診断の遅れ、ボルタレン(鎮痛剤)の不適切な投与、抗生剤の予防的投与の遅れにつき病院側の過失を認めるとともに、同過失と患者の死亡との間の因果関係を認め、請求を一部認容した事例
認容額:合計約2324万円
争点
(1) 過失の有無
ア ボルタレンを投与した過失(争点1)
イ 抗生剤の予防的投与が遅れた過失(争点2)
(2) 被告らの過失とBの死亡との間の因果関係(争点3)
(3) 損害額
ア Bの余命(争点4)
イ Bの再就労可能性(争点5)
ウ 損害額(争点6)
重要な判示(過失)
1 ボルタレンを投与した過失(争点1)について
(1) 前記第3の4(2)及び(4),同5(3)ア~カ及び上記1(5)アのとおり,①Bは,11月4日17時45分までには,本件急性膵炎を発症していたところ,急性膵炎における疼痛は激しく持続的であること,②Bは,同日17時に腹痛を,同日19時30分に心窩部痛を訴えていたこと,③Bは,11月5日1時40分に腹痛を,同日7時50分には背部痛を,同日14時25分に頻繁の心窩部痛を,同日16時にはひどい疼痛を訴えていたことからすれば,Bには,本件急性膵炎を発症した時点(11月4日17時45分)以降,高度かつ持続的な疼痛があったものと推認される。
そして,上記1(5)イのとおり,疼痛が重症の患者に対し,ボルタレン座薬を投与することは禁忌であるから,被告病院医師ら(被告Y3医師及びY2医師を含む。以下同じ。)が,Bに対し,本件急性膵炎を発症した時点(11月4日17時45分)以降に,4回(①11月4日19時30分,②11月5日1時40分,③同日7時50分,④同日14時25分)にわたりボルタレンを投与したことは,いずれも過失に当たるというべきである。
2 抗生剤の予防的投与が遅れた過失(争点2)について
(1) 上記1(5)ウのとおり,本件ガイドライン(「急性膵炎診療ガイドライン2010[第3版]」)及び初期治療のコンセンサス(「急性膵炎における初期診療のコンセンサス[改訂第3版]」)では,急性膵炎の重症例は,膵及び膵周囲に感染が合併し,敗血症から多臓器不全をきたす頻度が高いため,重症と診断された場合には,直ちに抗生剤の静脈内投与を開始することが推奨されているのであるから,被告病院医師らには,Bの急性膵炎が重症化した時点又はBに感染を示す所見が認められた時点で,Bに対し抗生剤を予防的に投与すべき注意義務があったといえる。
(2) 前記第3の5(2)ア~オ,同6(1)イ,上記1(3)のとおり,①11月6日頃には,Bの本件急性膵炎が重症化していた可能性があること,②Bには,11月7日11時15分の血液検査の結果,白血球数は1万2700,CRPは20.5と高度の炎症所見が認められ,好中球の比率も88.5%に上昇するという感染を示唆する所見も認められたことからすれば,被告病院医師らには,遅くとも11月7日の上記血液検査の結果が判明した時点で,速やかに抗生剤の予防的投与を開始すべき義務があったといえる。
(3) しかるに,被告病院医師らは,11月10日まで抗生剤の予防的投与を行わなかったのであるから,上記義務違反の過失があるというべきである。
重要な判示(因果関係・損害)
1 被告らの過失とBの死亡との間の因果関係(争点3)について
前記第3の2(3)ウ(イ),前記第4の1及びE鑑定によれば,被告らが,遅くとも11月5日(本件ERCP後1日目)の時点で,細胞外液補充液を用いて,Bに必要とされる初期輸液(3000ml/日)を開始していれば,炎症に伴う循環血漿量の低下を補い,循環動態を安定させ,本件急性膵炎の初期の病態悪化を抑えることができ,本件急性膵炎の重症化を防ぐことができたか,重症化を遅らせることができた高度の蓋然性があると認められる。
そして,上記1(5)エの急性膵炎の予後に関する統計結果によれば,急性膵炎の軽症例での死亡率は1%未満であるから,適切な初期輸液がされた場合には,11月30日時点におけるBの死亡という結果を回避できた高度の蓋然性があると認められる。
よって,被告らの過失とBの死亡との間には因果関係があると認められる。
2 Bの余命(争点4)について
(1) 抗がん剤治療の適応
上記1(1)のとおり,Bは,被告病院に入院した11月2日の前日まで,眼科の開業医として仕事をしていたこと,被告病院への入院時には,セルフケア能力(食事,入浴,排泄及び更衣)はいずれも完全に自立していたことからすれば,PS0であったと認められる。
(中略)
以上のとおり,Bは,PS0であり,また,T-Bil3.0を未満に減黄できた可能性があったから,抗がん剤治療の適応があったものと認められる。
(2) 抗がん剤治療の効果
上記1(5)オ(ア)~(ウ)のとおり,Bのような高齢者は,腎機能及び肝機能が低下していることが多く,患者の状態を観察した上で,慎重投与が必要であるが,投与量を通常より減量することや,投与間隔を延ばすなどの方法で対応が可能であり,抗がん剤治療による延命効果は一定程度期待できたものと認められる。
そうすると,Bの余命については,抗がん剤治療によって一定の効果が得られることを前提に検討するのが相当である。
(3) Bの余命
上記(1)及び(2)によれば,Bには抗がん剤治療の適応があり,それにより一定の延命効果が得られたといえるところ,これを前提とした医師の見解(F意見書〈甲B31〉,E鑑定)を踏まえると,Bの余命は少なくとも6か月はあったものと認めるのが相当である。
3 Bの再就労可能性(争点5)について
(1) 上記5で検討したとおり,Bは,ステージⅣの切除不可能な胆道癌を患い,抗がん剤治療が必要であり,余命は6か月程度であったと認められるところ,眼科医師という職責の重さに照らせば,時間や内容を制限した限定的な就労は可能であったに止まり,被告病院に入院する前と同様の恒常的な就労ができた可能性は低いものと認められる。
(2) その程度は,証拠(F意見書〈甲B31〉)及び眼科医師という職責の重さに照らし,40%と認めるのが相当である。
4 損害額(争点6)について
ア 逸失利益 89万5471円
証拠(甲C3)によれば,Bは,眼科医師として,平成22年度には746万2259円の年間収入を得ていたことが認められる。
そして,上記5及び6のとおり,余命は6か月程度で,就労可能性の程度はその40%と認められ,被扶養者が原告X1のみであったこと(弁論の全趣旨)を考慮して,生活費控除率を40%と認め,これを控除すると,Bの逸失利益は89万5471円となる。
(計算式)746万2259円×0.5×0.4×(1-0.4)=89万5471円
イ 死亡慰謝料 2000万円
被告らの過失は,急性膵炎に対する初期治療という基本的な事項に関わるものであること,前記第3の5(3)オ及び同6(1)ア記載のとおり,急性膵炎発症初期の段階で,原告X1や原告X2らが,医師の診察を求めたり,輸液の必要性を告げたりしたにもかかわらず,被告病院がこれに対応しなかったこと,この時点で適切に対処していれば,Bは急性膵炎によって死亡することはなかったと考えられることからすれば,被告らの過失は大きいといわざるを得ない。家族の助力も空しく死亡せざるを得なかったBの無念さ,その他に本件に現れた一切の事情も踏まえると,Bの余命が6か月であったことを考慮しても,その死亡慰謝料は2000万円と認めるのが相当である。
ウ 入院雑費 4万3500円
入院期間は,29日(11月2日~11月30日)である。また,入院雑費は1日当たり1500円とするのが相当である。
(計算式)1500円×29日=4万3500円
エ 付添看護費 18万8500円
Bの病状からすれば,付添の必要性があることは明らかである。付添看護費は,1日当たり6500円とするのが相当である。
(計算式)6500円×29日=18万8500円
弁護士からのコメント
ERCP検査とは,内視鏡を口から挿入し,胃を通過させて十二指腸まで到達させ,そこから造影剤を注入した上でレントゲン撮影をして,膵臓や胆管・胆嚢の病気の診断・治療を行うための検査です。本件のように、ERCP検査後に、合併症として、膵臓及びその隣接組織に急性炎症が生じる急性膵炎を発症することがあります。
本件では、禁忌とされている重度の疼痛を訴える患者へのボルタレン座薬の投与、急性膵炎に対する抗生剤の予防的投与の遅れという二重のミスが重なっています。患者は、ステージⅣの切除不可能な胆道癌を患い、余命は6か月ほどしかなかったと考えられますが、病院側の過失の程度が重いことをも考慮して相応の死亡慰謝料額が認定されています。