患者(被害者)の属性
昭和10年生まれの高齢男性(本件手術当時の年齢は80歳)判例要旨
頸椎後方固定術及びその後挿入したスクリューの抜去・再挿入術を受けた結果、四肢麻痺となり、転院先の病院で心不全により死亡した事案で、担当医師にスクリューの刺入方向を誤った過失が認められた事例
争点
第1手術:頸椎後方固定術
第2手術:挿入したスクリューの抜去・再挿入術
争点1(過失):第1手術の際のスクリューの刺入方向を誤った過失が認められるかどうか
争点2(因果関係):四肢麻痺に至る機序、第1手術のスクリュー刺入方向を誤った過失と四肢麻痺との間の因果関係
争点3(損害):第1手術前の転落事故により既存障害が生じていたかどうか
重要な判示(過失)
【争点1について】
第1手術においてスクリューの刺入方向を誤ったか
(1) 前記認定のとおり、第1手術において挿入されたスクリューのうち、C4の左右及びC5の左に挿入された各外側塊スクリューは、いずれもスクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られておらず、挿入のし直しを要するものであった。
(2) 被告は、第1手術において、スクリューを正確に刺入することは、慎重を期しても困難であり、上記の各スクリューの逸脱は、不可避の合併症としてやむを得ないものであると主張する。
しかし、鑑定の結果によれば、外側塊スクリューは、一般的には外側塊の中央を挿入ポイントとするところ、第1手術でC4とC5に挿入されたスクリューは、いずれも明らかに挿入ポイントが内側で、かつ挿入角度も明らかに内側に向いていて、大きな逸脱であり、基本手技に従っていないと評価されるものと認められる。さらに、鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、本件転落事故による本件患者の頸椎損傷は、C5/6椎間板やC5椎弓、外側塊、椎弓根の損傷を含む3コラムの損傷であり、不安定性の強い脊椎損傷であったところ、そのような場合、矯正不足又は過矯正ということを念頭において手術をすべきであるので、術中のアライメント確認を行い、その際に同時に著しいスクリューの逸脱や位置不良を第1手術中に認識することは可能であったと認められる。
以上によれば、第1手術におけるC4の左右及びC5の左の各外側塊スクリューの刺入方向は誤っており、上記各スクリューの逸脱は、不可避の合併症であるとはいえず、執刀医であるC医師の過失によるものというべきである。
重要な判示(因果関係・損害)
【争点2について】
(因果関係)
⑴本件患者に四肢麻痺が生じた機序について
ア 前記認定のとおり、本件患者は、本件転落事故後、右上肢に麻痺が生じていたが、左上肢や両下肢に麻痺症状は認められておらず、第1手術後もそれらの症状に著変はなかったが、第2手術直後に本件患者に高度の四肢麻痺が生じている。
イ 上記四肢麻痺の原因について検討すると、鑑定の結果によれば、①第1手術におけるC4、C5の外側塊スクリューが脊柱管内に逸脱していたことは認められるが、第1手術後に神経症状の悪化が認められないことからすると、第1手術におけるスクリューの逸脱が四肢麻痺の原因とは考え難い。②第1手術において、両側C3外側塊スクリューや両側C7椎弓根スクリューは妥協しうる位置に挿入され、かつ各スクリューはロッドにて固定されていたから、第2手術における体位変換の際に頸髄が損傷された可能性も低い。③第2手術におけるスクリュー抜去は、挿入時と同じルートを抜けてくるため、スクリュー抜去操作で脊髄損傷を起こした可能性も低い。④第1手術後に脊髄損傷の症状は悪化しておらず第2手術直後から四肢麻痺が出現しているため、第2手術の介入が脊髄損傷を悪化させた第1成因と考えるのが妥当であり、本件転落事故に起因する二次損傷や微小血栓による脊髄梗塞とは考え難い(以上の鑑定の内容に不合理な点は見当たらず、また、これを覆すに足りる証拠もない。)。
そして、前記のとおり、第2手術によって、〈ア〉C5椎体がC6椎体に比べて後方にすべって過矯正され、また、〈イ〉C5椎弓が外側塊スクリュー及びロッドにより前方に押されており、これらにより、C5、C5/6に脊柱管狭窄が生じているところ、鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、この脊柱管狭窄は著しいものであり、これにより脊髄が圧迫され、四肢麻痺を生じさせた可能性が極めて高いとされており、これは、第2手術直後から四肢麻痺が生じていることに沿うものといえること及び他に考えられる原因が見当たらないことからすると、第2手術によって生じた上記の脊柱管狭窄による脊髄圧迫が、四肢麻痺の原因であると認めるのが相当である。
⑵スクリューの刺入方向を誤った過失と本件患者の四肢麻痺との間の因果関係について
ア 前記のとおり、第1手術において、C4の左右及びC5の左の各外側塊スクリューの刺入方向を誤った結果、上記各スクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られなかったため、上記各スクリューを挿入し直す必要が生じ、第2手術を行うことになったものである。そして、補充鑑定の結果によれば、第1手術において、スクリューを逸脱させずに、かつ、過矯正や椎弓の前方への押しを生じさせないことは困難であったとはいえない。
そうすると、第1手術においてC4の左右及びC5の左の各外側塊スクリューの刺入方向を誤らなければ、第2手術が行われることはなく、したがって、C5椎体の過矯正及びC5椎弓の前方への押しによる脊柱管狭窄及び脊髄圧迫を生じさせることもなかったといえる。
イ よって、第1手術においてスクリューの刺入方向を誤った過失と本件患者の四肢麻痺との間には因果関係が認められる。
【争点3について】
(損害)
⑶本件手術前の転落事故により既存障害が生じていたかどうか
症状固定時において本件患者に四肢麻痺が残存し、これが後遺障害等級1級に相当することについて争いはない。
他方で、前記のとおり、本件患者は、第1手術前において、本件転落事故により頸椎を脱臼骨折し、右上肢に麻痺が生じていたところ、前記認定の診療経過に照らせば、この右上肢の麻痺は、上記脱臼骨折により脊柱管が狭小化し、脊髄が扁平化して損傷されたためであると認められる。そして、上記脱臼骨折は、不安定性の強い脊椎損傷であって軽微なものとはいえないことからすると、これにより生じた上記右上肢の麻痺が、その後の治療によって完全に治癒していたはずであったとは認め難く(認めるに足りる証拠はない。)、被告の債務不履行又は不法行為がなかったとしても、右上肢に一定の後遺障害を残していた蓋然性が高いというべきであり、上記頸椎脱臼骨折の態様や本件患者の年齢、症状経過等に照らせば、12級相当の神経症状は残存していたものと認めるのが相当である(被告は、右上肢に5級相当の後遺障害が残存していた旨を主張するが、本件転落事故による頸椎脱臼骨折が上記のような態様のものであったにもかかわらず、本件患者の神経障害は右上肢にとどまっていたこと、本件転落事故後比較的速やかに脱臼の整復が行われ、整復後の神経症状の悪化は認められなかったこと及び本件患者の症状経過等に照らすと、被告の主張するような高度の後遺障害が残存したとまでは認めることはできない。)。
弁護士からのコメント
頸椎後方固定術の際に挿入したスクリューの刺入方向の誤りがあったとして病院側の過失が認められた事例です。
手術においては何が問題であったのかがビデオ等から明確ではない場合もあるため、いかに原因を想定して、いかなる過失を構成していくかが勝敗を分けることになります。
また、この判例では、患者に発生した四肢麻痺の状態についても、第2手術の影響で生じたものと認定したうえで、第1手術における本件ミスがなければ第2手術も行われなかったのであるから、本件ミスと四肢麻痺との因果関係も認められました。
事故の時点において既に後遺障害が生じていたため、その既存の障害の分だけ損害賠償額が減額されるべきであるという主張が病院側からなされることがあります。今回も病院側は手術前の転倒事故によって5級相当の後遺障害が生じているとして大幅な減額を主張しましたが、裁判所は12級相当の後遺障害としか認定しませんでした。
脊椎脊髄外科専門医の協力を得て、しっかりと事故の原因や問題となったであろう手技を検討していくこと、また、後遺症についても医学的観点から有効な反論をしていくことが重要となります。