患者(被害者)の属性
昭和16年8月29日生まれの77歳女性 専業主婦:原告A(夫)と同居 高血圧及び深部静脈血栓症の既往歴 ワーファリン及び降圧薬を服用判例要旨
頭痛を訴え、病院を2度にわたり救急受診した者が、2度目の受診後に帰宅した翌日、意識障害を起こし慢性硬膜下血腫と診断され、緊急手術を受けたものの、高度意識障害等の後遺障害が残った場合において、当該病院の医師に、上記2度目の受診時に、二次性頭痛を疑うべきであり、鑑別のために有用かつ適切なCT検査を実施した上で、脳神経外科の医師に相談すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったことが認められるときは、当該病院はこれにより生じた損害を賠償する責任を負うとした裁判例である。
争点
争点1:被告医師らに遅くとも4月30日午前9時頃までに、CT検査をして脳神経外科医師に 相談すべき注意義務があったか
原告の主張 4月30日時点で、患者には二次性頭痛を疑うべき所見が多数存在した。特に、ワーファリンを服用しており、高血圧、全身脱力感を伴う頭痛であったことから、慢性硬膜下血腫の可能性を考慮すべきであった。CT検査を実施し、脳神経外科へ相談することは必須の医療行為であったにもかかわらず、これが怠られた点に過失がある。
被告の主張 患者の症状は一次性頭痛の特徴を有しており、診察時の神経学的所見にも問題がなかった。CT検査を必須とする医学的な根拠はなく、診療ガイドラインにも明確な義務付けはない。したがって、過失は認められない。
争点2:因果関係
原告の主張 4月30日にCT検査を実施していれば、慢性硬膜下血腫が発見され、脳神経外科医に相談のうえ、緊急手術が行われた可能性が高い。適切な治療が施されていれば、脳ヘルニアや脳梗塞を回避できた蓋然性が極めて高い。
被告の主張 仮にCT検査を実施していたとしても、手術が行われたかどうかは不明である。また、高齢患者の慢性硬膜下血腫は、治療後も後遺障害を残す可能性があるため、結果の回避可能性は証明されていない。
重要な判示(過失)
争点1についての判示
【4月28日・D医師について】
「亡Cは、4月28日、頭痛、吐き気を訴え、本件病院救急外来を受診しており、同日の診察において、突然ピークとなる、今までで経験したことがなく、今までで一番痛い、これまでと異なる頭痛であり、4月26日から同症状が発症し、昨日から頭痛がひどくなってきたと訴えており、亡Cを診察したD医師は、患者診療録(O:客観的情報)の欄に、「50歳以上で初発(+)」と記載していることからして、同医師は、亡Cの症状が二次性頭痛を疑うべき診療ガイドラインにおける9項目のうち、〔1〕突然の頭痛、〔2〕今まで経験したことがない頭痛、〔3〕いつもと様子の異なる頭痛、〔4〕頻度と程度が増していく頭痛、〔5〕50歳以降に初発の頭痛に該当することを認識していた。
加えて、D医師は患者診療録(O:客観的情報)の欄に、「頭痛red flag」という二次性頭痛かもしれない危険な頭痛を示す記載をしており、このことからも、二次性頭痛の除外として診察やCT検査をしなければならない状態にあることを認識していたと考えられる。
D医師は、上記のとおり認識したものの、神経学的所見がないこと、急な発症でないことから、くも膜下出血は疑いにくく、体動で緩和することから緊張型頭痛と診断し、CT検査はしなかったが、二次性頭痛の原因はくも膜下出血に限られないのであり、くも膜下出血が疑われる場合でなくても、二次性頭痛が疑われる場合は、画像検査(特にCT検査)を実施し、原因を明らかにすべきであったと考えられる。」
【4月30日・E医師について】
「E医師は、同月30日、亡Cについて、同月28日にも本件病院を受診していること、同月30日午前6時起床時から後頭部痛及び全身脱力感を訴えたため、家族が救急車を依頼し、同日午前8時15分頃、救急車で本件病院へ搬送されたこと、後頭部の持続痛及び全身の脱力感があること、ワーファリンを内服していること、収縮期血圧がいつもは130mmHg程度であるにもかかわらず、本件病院へ到着した際、168mmHgであったことを認識した上で、ストレッチャーに乗って入室した亡Cを、ストレッチャー上に寝かせたままの状態で診察している。さらに亡Cは、「4月28日も救急受診しており、頭痛薬を内服したところ、かなりマシになっている。」と説明している。
上記の経緯からして、E医師は、4月30日の診察時点において、亡Cの症状が、診療ガイドラインにおいて二次性頭痛を疑うべきとされる9項目のうち、〔1〕突然の頭痛、〔2〕今まで経験したことがない頭痛、〔3〕いつもと様子の異なる頭痛、〔4〕頻度と程度が増していく頭痛、〔5〕50歳以降に初発の頭痛に加え、全身脱力感や体動困難という〔6〕神経脱落症状を有する頭痛にも該当する状態に該当することを認識し得たといえるし、亡Cが高血圧の状態にあることも認識していたといえる。」
「被告医師らには、遅くとも4月30日の本件診療終了時点である午前9時頃までに、亡Cの二次性頭痛を疑って、鑑別のために有用かつ適切なCT検査を実施した上で、脳神経外科の医師に相談すべき注意義務があったと認められる。」
そのうえで、判決は、E医師は、「同日の降圧剤の服用の有無やADLの聴取を行わず(E医師・17、19頁)、ストレッチャーから降ろして歩行状態を確認することなく、寝かせたまま亡Cを診察しており(E医師・11~12頁)、二次性頭痛を除外することができない状況にあったにもかかわらず、上記診察のみで一次性頭痛であると判断し、CT検査等を実施するに至っていないのであるから、上記注意義務違反が認められる。被告医師は診療ガイドラインを知っていながら、ストレッチャーに寝かせたまま診察し、ADLの確認も行わず、CT検査を実施しなかった過失が認められる」として、E医師の過失を認めた。
重要な判示(因果関係・損害)
争点2 判示 後遺障害との因果関係について
「(1)慢性硬膜下血腫に関する医学的知見によれば、頭蓋内圧亢進が長時間持続し、脳ヘルニアを生じて、脳に不可逆的な損傷が起こってしまったりした場合を除き、予後は極めて良好であり、そのような不可逆的な損傷が生じる前であれば、穿頭術により流動性血腫を除去後、血腫腔を生理食塩水で洗浄した後、血腫腔にドレーンを1日留置することにより症状は劇的に改善するとされる(甲B1・267頁)。
また、本邦における2010年から2013年までの間の慢性硬膜下血腫6万3358例の解析において、70~79歳までの慢性硬膜下血腫患者の治療結果を見ると、退院時に機能回復良好(mRS0-2)であった患者の割合は79.6%である(甲B31の1、31の2、33)。
そして、慢性硬膜下血腫の場合、頭痛や歩行障害といった症状があれば、手術を行うことが一般的であり(甲B34)、両側性慢性硬膜下血腫では脳ヘルニアが生じ、臨床症状が急速に悪化するリスクが高く、その結果、死亡や重大な障害を残すおそれがあるから、両側性慢性硬膜下血腫、特に凝固障害のある場合は、緊急手術を考慮すべきであるとされる(甲B35の1、35の2)。
(2)本件において、亡Cの後遺障害は、慢性硬膜下血腫の増大によって頭蓋内圧が亢進し、脳ヘルニアとなったことで両側の視床が圧迫されて生じた脳梗塞によるものであるところ(争いなし)、亡Cは、頭痛発症前の全身状態は良好で、ADLは自立しており、4月28日及び同月30日の診察時には意識障害は見られなかったことや、本件病院脳外科医であるF医師が、5月1日、「昨日、impendingの状態だったのであろう」と診療録に記載していることから、4月30日にE医師が診察した時点では、脳ヘルニアの直前の段階であるもののいまだ脳ヘルニアを生じていなかったことが窺える。
また、亡Cは、4月30日の本件診察時、JCS0(意識清明)であったにもかかわらず、5月1日午後1時に救急隊が到着したときの意識レベルはJCS〈3〉-100(痛み刺激に対し、払いのけるような動作をすることができるが、閉眼したままの状態)であり、同日午後1時25分頃、病院到着時にはJCS〈3〉-200(閉眼のまま、かろうじて痛み刺激で少し手足を動かしたり、顔をしかめたりする動作ができる状態)まで悪化しているから、5月1日午後1時頃以降に脳ヘルニアの状態に陥ったと考えられる(甲B27・7頁)。
(3)そして、遅くとも4月30日の診察終了時点までに、CT検査を実施していれば、両側性の慢性硬膜下血腫であることが判明していたのであって、上記医学的知見を前提として、亡Cが同時点で頭痛及び歩行困難という症状を有し、ワーファリンを内服しており、凝固障害があったことを考慮すると、CT検査後に脳神経外科医に相談していれば、緊急手術が行われた蓋然性が高いと認められる(甲B35の1、35の2)。
さらに、頭蓋内圧亢進が長時間持続し、脳ヘルニアを生じて、脳に不可逆的な損傷が起こってしまったりした場合を除き、予後は極めて良好であって、70~79歳までの慢性硬膜下血腫患者の治療結果において、退院時に機能回復良好(mRS0-2)であった患者の割合は79.6%であること(甲B31の1、31の2、33)、F医師も、5月2日に、原告Aらに対し、「4/30までに解除されていれば梗塞に陥らなかった可能性は否定できない」と説明していることを踏まえれば、亡C(当時77歳)が脳ヘルニアの状態には至っていない4月30日段階で、CT検査及び手術を実施していれば、脳ヘルニア、脳梗塞及び脳梗塞により生じる後遺障害を回避することができた高度の蓋然性があると認めるのが相当である。
(4)これに対し、被告は、亡Cの症状は、4月30日の受診後から5月1日の間に急激に増悪したものであるから、4月30日の診察時点でCT検査をして脳神経外科医に相談したとしても、外科的治療を開始したかは不明であると主張するが、既に説示したところから、CT検査を行った前提で考えると、同日の亡Cの状態は緊急手術を要する状態にあったといえ、被告の主張は採用できない。
また、被告は、仮に外科的治療を開始していたとしても、高齢であるほど重症化しやすく、慢性硬膜下血種患者の約3割が退院時に何らかの介護を必要とするのであるから、後遺症の発生という結果を回避できたかは不明であると主張するが、約3割という数値は、慢性硬膜下血腫患者のうち80代や90代も含めた結果であって、その数値のみから判断するのは適切ではないといえるし、本件診察当時77歳であった亡Cに関して考慮すべき数値は70~79歳までの慢性硬膜下血腫患者の治療結果であるといえる。そして、同結果において、退院時に機能回復良好(mRS0-2)であった患者の割合は79.6%であること(甲B31の1、31の2、33)から、この点に関する被告の主張は裁判所の認定判断を左右するものと言えない。
(5)以上によれば、被告医師らにおいて、遅くとも4月30日の診察終了時点までに、CT検査を実施し、脳神経外科医に相談していれば、緊急手術が実施され、脳ヘルニア,脳梗塞及び脳梗塞により生じる後遺障害を回避することができた高度の蓋然性があると認められる。」
弁護士からのコメント
本件は、医師らが、慢性硬膜下血腫の可能性すら考慮せず、CTを撮ることもしなかった事案であり、その過失は明白であったといえます。単なる頭痛と判断することはできず、診断に至ることができなかったのは、やはり重大な問題であると思います。
慢性硬膜下血腫は徐々に増大することがあり、せめてCTを撮影していれば、増大していることが容易に明らかとなり、直ちに脳外科医にコンサルトされたものと思われます。逆に、慢性硬膜下血腫は穿頭術により血腫を吸引すれば、直ちに減圧可能であるため、後遺症も残らずに回復した可能性も高いものと考えられます。
より恐ろしい急性の疾患としてくも膜下出血もあり、時折、見落とされる医療事故が生じます。
くも膜下出血の場合には、再破裂が生じる前にいかに脳動脈瘤等に対する手術を行うかが重要です。
頭痛を生じて受診した場合に、全ての事案で頭部CTを撮影すべきとはいえませんが、一定の場合には専門医ではなくとも頭部CTを撮影したり、脳外科医に繫ぐ必要があります。くも膜下出血等によるものではないとの除外診断ができて初めて何も問題がない頭痛と判断できるという診断方法が適切であることを確認した判例といえるでしょう。