香川県立中央病院・腎腫瘍ロボット支援手術後死亡事案―『結紮回数の不足』という手技の過失
香川県立中央病院は2026年6月12日、2022年9月に同病院で腎腫瘍切除のロボット支援手術を受けた70代男性が、手術後に再出血し出血性ショックで死亡したと発表しました。病院の医療事故調査委員会は、術中の止血処置に不備があり再出血した可能性を指摘して病院の過失を認定し、遺族に約3200万円の損害賠償を支払うことで和解する見込みとなっています。
報道によると、男性は右腎の腫瘍を切除するためロボット支援手術を受けました。腫瘍が腎動脈の裏にあったため、切除時に動脈が損傷し止血処置が行われています。しかし手術後に血圧が低下して全身状態が悪化し、輸血や右腎の摘出を行ったものの出血は止まらず、男性は翌朝に出血性ショックで死亡しました。
事故調査委員会は、術中の腎動脈損傷に対する止血について、血管を糸で縛る回数が通常よりも少ない2、3回であったため縫合箇所の強度が不足して緩み、再出血につながった可能性を指摘しています。
本件で注目すべきは、過失の内容が「縫合回数が通常より少ない2、3回であった」という極めて具体的・客観的な事実によって認定された点にあります。
血管の結紮は外科手技の中でも最も基本的な技術要素の一つです。動脈のような圧の高い血管を結紮する場合、緩んで再出血することを防ぐため、糸の種類や血管の状態に応じて十分な結紮を確保することが求められます。本件事故調査委員会が『通常より少ない2、3回』と指摘していることからすれば、当該症例で標準的とされる結紮よりも少ない処置にとどまっていたと評価されたものと考えられます。
このような明確な手技の内容が問題となる場合には、過失の判断がしやすくなります。「縫合回数が少なかった」という事実は手術記録から客観的に確認でき、その医学的妥当性についても外科の標準的知見から評価しやすいからです。
本件は、ロボット支援手術中に生じた血管損傷への止血処置の不備という事案でもあります。先日の北海道がんセンターの前立腺がん手術死亡事故も、ロボット支援手術中の血管損傷とその後の対応に問題があった事例でした。
ロボット支援手術は精緻な手技が可能となる一方、術者がコンソールで操作するため触覚のフィードバックが乏しく、結紮の締まり具合を直接の感覚で確認しにくいという特性があります。腎部分切除や前立腺全摘除といった泌尿器科領域では既に標準的に行われている術式ですが、止血処置の確実性をどう担保するかは、ロボット支援手術に共通の課題といえます。
病院が再発防止策として「血管の損傷時は追加の縫合を確実に実施し、複数の医師で止血の確認をすることを挙げた」と公表しているのは、まさにこの課題への対応です。ただ、これは本来、事故が起きる前から各施設で標準的に行われているべき手順であり、「再発防止策」として今になって明示されること自体に課題が残ります。
70代男性の死亡事案で和解金約3200万円という水準は、過失と因果関係が認められた場合の通常の損害算定と概ね整合します。
70代男性の場合、就労による逸失利益は限定的で、年金収入の逸失分が計上されます。これに本人慰謝料、近親者慰謝料、葬儀費用、弁護士費用相当額を積み上げると、おおむね2500万円から3500万円程度に落ち着くケースが多くなっています。本件はその中で、やや高めの水準で和解が成立した事案といえます。
県立病院での和解は議会承認を要するため、関連議案が6月定例県議会に提案される予定とのことです。公立病院特有の手続が必要となり、和解成立までに一定の時間を要する点も特徴です。
本件で評価できるのは、訴訟提起前に病院側が事故調査委員会の結論に基づいて過失を認め、和解に至った点にあります。先日のコラムでも触れた北海道がんセンターの事案は、訴訟提起を経てから約4年後にようやく和解が成立しました。これと比べると、香川県立中央病院は、事故調査の結果を踏まえて自院の責任を認め、遺族との交渉を進めたことで、訴訟を経ずに賠償合意に至っています。
医療事故が起きた後の病院対応のあり方として、本件の進め方は一つの望ましい形を示しているといえます。事故調査委員会で客観的な評価を行い、過失が認められれば訴訟を待たずに賠償に応じる。被害者・遺族にとって、訴訟という対立構造を経ずに納得できる解決に至ることは、精神的・経済的負担の軽減につながります。
腎腫瘍に対するロボット支援手術という、現代医療の先端的な治療を受けた70代男性が、止血処置の不備という基本的な手技の問題で命を落としました。ロボット支援手術の精緻さがいくら高まっても、結紮回数の確保という基本動作が疎かになれば結果は変わらないということを、本件は示しています。再発防止策として示された「追加縫合の確実な実施」と「複数医師による止血確認」が、香川県立中央病院に限らず、ロボット支援手術を行う全ての医療機関で徹底されることを願っています。