コラム

無痛分娩中の胎児死亡と子宮破裂ー陣痛促進剤使用と「痛みが見えない分娩」の安全管理

【事案の概要】

 京都府内に住む30代の女性が、2025年5月、産科クリニックでの無痛分娩中におなかの中の赤ちゃんを亡くし、女性自身も子宮破裂を起こしていたことが報じられました。

MBS NEWS(TBS NEWS DIG)「無痛分娩中に赤ちゃん死亡、子宮破裂も…『自然に分娩の進行を待ったならば』調査で指摘された事故原因は?遺族の願いは『次の事故を防ぐこと』わが子のいない世界で訴え」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2864286

 報道によると、妊娠経過は順調で、女性は無痛分娩を選択していました。出産の日、手術室で麻酔と陣痛促進剤(子宮収縮薬)の投与が始まりましたが、分娩中に母体と胎児の状態を示すモニターのアラームが繰り返し鳴り、女性と夫はそのことを医師や助産師に伝えたといいます。分娩は続けられ、おなかを押して娩出を試みたものの難航しました。女性は陣痛とは異なる持続的な痛みを感じ、帝王切開を求めたとされています。

 女性は緊急搬送されましたが、胎児は搬送前に母体内で死亡しており、女性は子宮破裂を起こしていました。

 報道で紹介された京都府医師会の外部委員による調査報告書によれば、胎児心拍数モニターの判読誤りやアラームへの対応など、さまざまな医療行為が「標準の範囲外」と評価されています。陣痛促進剤についても、文書による同意がなかったこと、分娩の進行を見守ることなく投与したことが「標準の範囲外」とされ、「陣痛促進せず自然に分娩の進行を待ったならば安全に娩出できた可能性がある」と結論付けられています。女性は担当医師を刑事告訴しています。

【子宮収縮薬についてガイドラインは何を求めているか】

 子宮収縮薬(オキシトシンなど)は、分娩誘発や陣痛促進に広く使われる一方、子宮収縮が過剰になれば胎児への酸素供給が妨げられ、胎児機能不全や子宮破裂につながり得る薬剤です。日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会の「産婦人科診療ガイドライン産科編」は、版を重ねてその使用基準を定めてきました。事故当時に用いられていた産科編2023では、CQ415-1からCQ415-3にかけて、投与開始前に確認すべきこと、投与中に行うべきこと、増量・減量・中止を考慮すべき場面が整理されています。

 その骨子は次のとおりです。まず、使用の適応があり禁忌がないことを確認したうえで、必要性や方法、予想される効果と有害事象などを説明し、文書によるインフォームドコンセントを得ることが求められています。投与開始前から分娩監視装置を装着し、投与中は子宮収縮と胎児心拍数を連続的にモニターすることも求められています。静脈内投与の場合には、輸液ポンプなどの精密持続点滴装置を用い、基準範囲内の量から開始して、一定の間隔を空けて慎重に増量します。そして、静脈内投与中に胎児機能不全や子宮頻収縮(子宮収縮の回数が多すぎる状態)が出現した場合には半量以下への減量や中止を検討し、重度の胎児機能不全が出現した場合には投与を中止するとされています。

 報告書が「分娩の進行を見守ることなく」投与したことを問題としたのは、この枠組みの入口、すなわち、その時点で子宮収縮薬を使う必要が本当にあったのかという点に関わる指摘と読むことができます。

 同意の問題も重要です。女性は、陣痛促進剤について説明を受けておらず、投与されていること自体を認識していなかったと述べています。文書による説明と同意が求められているのは、妊婦が利益と危険性を理解したうえで、自らの分娩について判断する機会を保障するためです。

【無痛分娩では痛みに頼らない異常の把握が重要】

 無痛分娩では、陣痛が弱まったり分娩が長引いたりすることがあり、子宮収縮薬が併用される場面が少なくありません。一方で、麻酔によって痛みの感じ方が変わるため、異常を示す痛みが分かりにくくなることがあります。報道の中で、長年にわたり分娩事故の遺族支援に取り組んできた方も、無痛分娩では子宮破裂の前に痛みを訴えることが難しくなる場合があると危惧を述べています。

 そのため、無痛分娩中に子宮収縮薬を使う場合には、痛みの訴えの有無だけに頼らず、胎児心拍数陣痛図、母体の血圧や脈拍、分娩の進行や診察所見を合わせて評価することが重要です。なお、一般的な外測の陣痛計は、子宮収縮の回数や周期を把握できても、収縮の強さを正確に測定できるものではありません。モニターの記録は、診察を含む総合的な評価の中で読み解く必要があります。

 本件では、胎児心拍数モニターの判読が誤っていたとされ、アラームへの対応も「標準の範囲外」とされています。また、女性は陣痛とは異なる持続的な痛みを訴え、夫婦でアラームのことも伝えていました。麻酔下で性質の異なる強い痛みが続くことは、それ自体が異常を疑うきっかけになり得ます。こうした情報を医療者がどのように受け止め、どのような診察や方針の再検討を行ったのかは、詳しく検証されるべき点です。

【腹部の圧迫と、方針を切り替える判断】

 報道では、分娩が難航する中で、おなかを押して娩出を試みたとされています。これが子宮底圧迫法(クリステレル胎児圧出法)にあたるとすれば、その適否も検討の対象になります。産科編2023のCQ406は、子宮底圧迫法を急速遂娩以外には実施しないこと、娩出が不成功の場合には速やかに他の手段に移行すること、実施後には子宮破裂の発生に注意して産婦を観察することなどを求めています。

 具体的な手技や実施時間は報道からは分かりません。しかし、経腟分娩を続けるのか、緊急帝王切開や高次施設への搬送に切り替えるのかという判断が、どの時点でどのようになされたのかは、子宮収縮薬の管理と並ぶ重要な検証点です。

【無痛分娩の提供体制と情報公開】

 無痛分娩をめぐっては、2017年に重篤な事故が相次いで報道されたことを受けて、厚生労働省の特別研究班が設けられ、2018年3月に「無痛分娩の安全な提供体制の構築に関する提言」が公表されました。提言は、インフォームドコンセントの実施、責任体制を明確にした人員体制、マニュアルの整備や危機対応シミュレーションなどの安全管理対策、施設の診療体制に関する情報公開などを求めています。これを受けて同年7月、関係学会・団体による無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)が発足し、情報公開に取り組む施設のリストの公表などが進められてきました。

 女性は、正しい情報さえあればこの産院を選んでいなかったと語っています。無痛分娩を提供する施設は小規模な診療所が中心であり、麻酔の担当体制や緊急時の対応能力は施設によって異なります。妊婦の側が施設を選ぶ際には、麻酔を誰が担当するのか、子宮収縮薬を使う場合にどのような説明と監視が行われるのか、緊急帝王切開や搬送にどう対応するのかといった点を確認することが重要です。

 ただ、それを妊婦の自己責任に委ねるだけでは足りません。JALAのリストに掲載される施設情報は、各施設からの自主的な情報提供に基づくものです。情報公開の仕組みが、施設を選ぶ場面で実際に役立つものになっているかどうかも、改めて問われているように思います。

【法的な観点から―過失と因果関係】

 報告書が複数の医療行為を「標準の範囲外」と評価していることは、注意義務違反を検討するうえで重要な根拠となります。もっとも、報告書の評価がそのまま法的な過失の判断になるわけではなく、具体的な注意義務の内容は、当時の母体と胎児の所見、医療水準、実際にとり得た対応に照らして判断されます。

 また、説明と同意の問題と、投与や監視の適否の問題とは、分けて考える必要があります。前者は、妊婦が自らの分娩について判断する機会を奪われたという自己決定の侵害の問題であり、後者は、診療上の過失によって胎児の死亡や母体の子宮破裂という結果を生じさせたかという問題です。両者では、検討すべき因果関係や損害の内容が異なります。

 因果関係について、報告書は「安全に娩出できた可能性がある」としています。これは結果を回避できたかを検討するうえで重要な指摘ですが、この表現だけで法的な因果関係が肯定されるわけでも、否定されるわけでもありません。民事上の因果関係は、診療記録や専門家の意見などを総合し、適切な対応が行われていれば結果を回避できた高度の蓋然性が認められるかによって判断されます。

 本件でも、子宮収縮薬の使用を開始した判断、異常が生じた後の減量・中止、腹部の圧迫や急速遂娩・搬送の判断をそれぞれ検討し、胎児の死亡と母体の子宮破裂のそれぞれについて、どの時点の対応によって回避できたのかを明らかにする必要があります。なお、報道からは、薬剤の具体的な投与量や増量の間隔、子宮破裂が生じた時点までは分かりません。

【胎児の死亡をどう評価するか】

 胎児が母体内で亡くなった場合、その子自身の損害について賠償を求める場面では、現行法上の制約があります。

 民法上、権利能力は出生によって始まります。民法721条は、損害賠償請求権について胎児を既に生まれたものとみなすと定めていますが、これは胎児が生きて生まれることを前提とするものと解されています。そのため、死産の場合には、胎児自身の損害賠償請求権を両親が相続するという構成はとれず、両親自身の慰謝料や、母親自身が受けた身体的損害に対する賠償を求めることになります。生きて生まれた後に亡くなった場合と比べると、請求できる損害の構成や範囲には大きな違いが生じます。

 刑事責任についても、胎児がどの時点から刑法上の「人」として扱われるかが問題となります。判例は、胎児の身体の一部が母体から露出した時点から「人」として扱う立場をとっており、母体内で亡くなった胎児について業務上過失致死罪を問うことは困難とされています。一方、母親自身が受けた子宮破裂については、業務上過失致傷罪の成否が問題となり得ます。報道によれば、女性は、医療事故の刑事立件には高い壁があることを理解しながらも、再発防止のために自らの経験を伝えたいと考えて告訴に踏み切ったとのことです。

 生まれる直前まで生きていた命を失っても、その子自身の死亡による損害として賠償を求めることには、現行法上の制約があります。両親自身の損害として賠償を求めることができるとしても、それだけでは受け止めきれないご家族の思いが残ります。分娩事故の被害に向き合うたびに、この法的な扱いと、ご家族にとってのわが子の存在との隔たりを痛感します。

【おわりに】

 無痛分娩は、分娩の痛みや心身の負担を軽減できる選択肢として広がっていますが、麻酔に伴う固有のリスクもあり、それを踏まえた管理体制が欠かせません。問われているのは、アラームやモニターの所見、妊婦の訴えといった異常を示す情報を、実際の診察や方針の転換につなげられる体制が整っているかどうかです。

 本件で何がどの時点で起きていたのかは、今後さらに検証されるべきです。わが子のいない世界で「次の事故を防ぐこと」を訴え続けるご家族の声が、すべての分娩施設に届くことを願っています。

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