頚部手術後の気道狭窄・閉塞-CVCIの怖さ
CVCI(Cannot Ventilate, Cannot Intubate)とは、マスク換気も気管挿管もできないという、気道管理における最悪の事態を指します。数分以内に低酸素血症から心停止に至り得る、文字どおりの緊急事態です。
CVCIは麻酔科領域で広く知られた概念ですが、頚部手術との関連で特に問題になるのは、術後の気道閉塞です。日本医療安全調査機構が2022年3月に公表した再発防止提言(第16号)では、2015年10月から2021年4月までに報告された「頸部手術を契機として気道狭窄が生じ、窒息から死亡に至った」事例が10例あったとされています。
私自身も同様の事案を多数相談を受けてきましたし、実際に事件として担当してきました。
頚部手術(甲状腺手術、頸椎手術、頸部郭清術など)の後、気道閉塞が起きる原因としては、術後出血による血腫形成、喉頭浮腫、反回神経麻痺などが挙げられます。いずれも手術操作に伴う合併症として医学的に予見可能なものです。
問題は、気道狭窄の進行と酸素飽和度(SpO2)の低下との間にタイムラグが生じることがある点です。SpO2がまだ正常値を示している段階で既に気道は危機的に狭窄していることがあり、SpO2が低下し始めた時には既に手遅れというケースが報告されています。提言でも、SpO2のモニタリングだけに頼るのではなく、患者の訴え(息苦しさ、声の変化)や頚部の腫脹といった身体所見の観察が極めて重要であることが強調されています。
どうしてもSpO2が低下していないから大丈夫という考えで油断してしまうのが怖いところです。
頚部手術後の気道閉塞に関する医療訴訟では、典型的に以下の点が争点となります。
第一に、術後の観察体制。気道狭窄の徴候を見逃したのか、それとも徴候に気づいていたのに適切な対応を怠ったのか。提言が指摘するとおり、実際の死亡事例の中には、看護師が患者の息苦しさを医師に報告したにもかかわらず、医師が迅速に対応しなかったケースも含まれています。
第二に、緊急気道確保の準備と実施。頚部手術後にCVCI状態に陥った場合、通常の気管挿管は困難なことが多く、外科的気道確保(輪状甲状間膜切開や緊急気管切開)が必要になります。この手技を速やかに実施できる体制が整っていたか、実施の判断が遅れなかったかが問われます。
CVCIは発生頻度が低いため、個々の医療者が実際に経験する機会は限られています。しかし、発生すれば数分で死に至る。この「頻度は低いが致死的」という特性こそが、CVCIへの対応を個人の技量ではなくシステムとして整備すべき理由です。
具体的には、頚部術後の病棟に外科的気道確保キットを常備すること、観察項目と報告基準を医師が明確に指示しルール化しておくこと、輪状甲状間膜切開のシミュレーショントレーニングを定期的に実施すること。提言が求めているのは、こうした組織的な備えです。
医療訴訟においても、こうしたシステムの有無は過失判断に直結します。「CVCIに陥ったこと自体」が過失なのではなく、「CVCIに陥り得ることを予見しながら、備えを怠っていたこと」が過失として評価されるのです。
頚部手術後の気道閉塞による死亡事例は、決して過去の問題ではありません。いまだになくならない不幸な症例です。万が一不幸な結果が生じた場合は、医療訴訟に詳しく、医師とのネットワークを持つ弁護士に相談されることをお勧めします。