コラム

松本市立病院・新生児脳障害事故 ―助産師はなぜ報告しなかったのか

【事故の概要】

 長野県松本市は2025年7月22日、松本市立病院で同年4月に発生した医療事故を公表しました。陣痛を訴えて入院した20代女性は重症妊娠高血圧症候群と診断され、胎児心拍モニターで異常波形が相次いで確認されました。しかし、担当の50代女性助産師2人は「回復するため問題ない」と判断し、医師への報告を行いませんでした
 その後、分娩が進行して医師が呼ばれた時には手遅れとなり、赤ちゃんは仮死状態で出生。低酸素性虚血性脳症と診断されています。

 病院が設置した調査委員会は「助産師によるモニター分析がされておらず、発見が遅れたことによる医療過誤」と認定。臥雲義尚市長は記者会見で「最大限の補償をしていく」と述べ、同病院での分娩を休止する措置が取られました。

【典型的な産科医療過誤】

 産科の医療訴訟において、胎児心拍数モニタリング(CTG)の異常を見落とした、あるいは適切に対応しなかったという過失は、最も頻繁に争われる類型の一つです。本件は、異常波形を「見落とした」のではなく「認識しながら報告しなかった」という点で、過失の程度は極めて重いといえます。

 重症妊娠高血圧症候群の妊婦は、胎盤機能不全のリスクが高く、胎児が低酸素状態に陥りやすいことは産科の基本的知識です。このようなハイリスク妊婦において心拍異常が繰り返し出現している状況で医師に報告しないという判断は、助産師に求められる注意義務の水準を大きく下回るものです。

【なぜ報告しなかったのか】
 「回復するため問題ない」という判断は、CTG波形における一過性徐脈の後に心拍が回復するパターンを指していると推測されます。しかし、反復する徐脈は胎児の予備能低下を示す危険なサインであり、「回復したから大丈夫」という評価は医学的に誤りです。助産師2人がこのような判断をしたこと自体が、CTG判読に関する教育・研修体制の不備を示唆しています。

【損害賠償の見通し】

 低酸素性虚血性脳症は、その重症度によっては脳性麻痺などの重篤な後遺障害をもたらします。重度の後遺障害が残った場合の損害賠償額は、将来の介護費用・逸失利益を含めて数億円規模に達するのが通常です。

 松本市立病院は公立病院であるため、国家賠償法に基づき松本市が賠償義務を負います。市長が「最大限の補償」に言及していることから、病院側が過失と因果関係を認めていることは明らかであり、賠償の方向性自体は争いにならないと思われます。
 なお、本件では産科医療補償制度の適用も検討されるべきですが、同制度は過失の有無を問わない補償であり、損害の全額を填補するものではありません。不足分については別途、松本市に対する賠償請求が必要となります。

 産科事件においては、カルテ・CTG記録等の診療記録を取得した上で、医療過誤に詳しく、医師とのネットワークを持つ弁護士に相談されることをお勧めします。

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