コラム

ストレッチャー移譲時の転落事故

【事故の概要】

 2025年3月、鳥取県米子市の県立総合療育センターで、14歳の入所者が入浴後にストレッチャーへ移乗する際に床に転落し、左大腿骨を骨折しました。入所者は筋ジストロフィーにより全介助が必要な状態でした。看護師2人が移乗を行いましたが、ストレッチャーのストッパーがかかっていなかったことが転落の原因です。

 骨折後、施設内で療養していましたが、翌日に死亡。死因は、骨折により骨髄の脂肪が血流に入り込み肺の血管を詰まらせる「肺脂肪塞栓症」と報告されています。

 2026年3月23日に公表された事故調査委員会の報告書では、事故原因として、入浴介助業務に集中・専念できる体制が確保されていなかったこと、ストレッチャー移乗時の基本的安全行動が共有・徹底されていなかったこと、入所者の体重や障がい特性に関するリスクアセスメントの機会がなかったことなどが指摘されています。さらに、事故後の対応についても、観察体制がより適切に強化されていれば早期の急性期病院への搬送につながった可能性が否定できないとされました。

 鳥取県は過失を認め、遺族との和解に向けた協議を進めているとのことです。

【介護・療育施設における転落事故の法的責任】

 本件は、病院ではなく療育センターで発生した事故です。しかし、法的な責任の構造は医療事故と基本的に同じです。施設には入所者の安全を確保する義務(安全配慮義務)があり、その義務に違反して損害が生じた場合には、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償責任を負います。

 ストレッチャーのストッパーをかけるという行為は、移乗介助の最も基本的な安全手順です。この基本動作が行われなかったこと自体が過失であることに争いの余地はなく、県が過失を認めているのは当然の対応といえます。

 介護時間でも日頃感じるのは、「転落・転倒は起きるものだ」という諦めにも似た空気が、一部の施設に漂っていることです。高齢者施設でも障がい者施設でも、転倒・転落事故は件数が多いため、どこか「仕方ない」と受け止められがちです。しかし、ストッパーの未使用のような基本的な安全手順の不履行は、「仕方ない」では済まされません。

【転落後の対応―「施設内療養で様子を見る」という判断】

 本件でもう一つ重要なのは、骨折後に急性期病院へ搬送せず、施設内療養で経過を見ていた点です。

 肺脂肪塞栓症は、大腿骨などの長管骨骨折後に発症し得る合併症として医学的に知られています。特に本件の入所者は筋ジストロフィーという基礎疾患があり、骨脆弱性の問題を含め全身状態のリスクが高い患者でした。このような患者が大腿骨骨折を起こした場合に、施設内で経過観察するという判断が適切だったのかは、大きな疑問が残ります。

 報告書でも「観察体制がより適切に強化されていれば早期の急性期病院への搬送につながった可能性が否定できない」と指摘されており、事故後の対応にも過失が認められる可能性があります。転落事故そのものの過失に加え、事故後の対応における過失が競合する場合、損害賠償額の算定にも影響し得る点です。

【おわりに】

 14歳という若さで命を落とした入所者のご遺族の無念は察するに余りあります。県が過失を認めて和解協議に入っていることは一定の評価ができますが、和解の内容が「適正な賠償」になるかどうかは別問題です。医療・介護事故に詳しく、医師とのネットワークを持つ弁護士が対応するのが望ましい事件でしょう。

 介護事故は医療事故と比べて注目されにくい傾向がありますが、命の重さに違いはありません。基本的な安全手順の遵守と、事故発生時の適切な医療連携体制の確保が欠かせません。報告書が指摘する改善策は、全国の介護・療育施設に共通する課題です。

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