判例集

介護事故

判例情報・出典
東京地裁判決平成30年1月31日・スイートポテト事件

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

男性・当時72歳 要介護2

判例要旨

被告会社の開設・運営する有料老人ホームに入居していた亡Bが同ホームで間食として提供されたスイートポテトを盗食し,誤嚥して窒息した(本件事故)後,いわゆる植物状態になって死亡するに至ったと主張して,被告会社に対し,損害賠償を求めた事案。
 裁判所は,盗食をした亡Bを発見した時点で,同人が適切にスイートポテトを食べ終えることを見届け,万一その途中で誤嚥をした場合,直ちに適切に対処することができるよう,亡Bの様子の監視を続けるべき注意義務に違反した被告会社の損害賠償責任を認めたが,本件事故には亡B自らの認知症の進行に伴う盗食癖に内在する危険が現実化したという側面があることから3割の過失相殺又は素因減額を認めて請求を一部認容した。

争点

(1) Bによる盗食を防止すべき注意義務違反の有無。すなわち,被告において,Bが盗食をしないよう,
①スイートポテトの置かれた配膳台を適切に管理し,あるいは,Bの動静を適切に監視すべき義務の違反,
又は,
②このような管理・監視を可能とする間食の配膳態勢を整えるべき義務の違反が認められるか(争点1)。
(2) 被告職員が盗食をしたBを発見した時点における注意義務違反の有無。すなわち,被告職員において,Bが盗食をしたのを発見した時点で,
①Bが誤嚥をしないよう,その口腔内からスイートポテトを除去し,あるいは,看護師の専門的判断を仰ぎつつ救急車の出動を要請すべき義務,
又は,
②Bがスイートポテトを嚥下するまでその様子を監視すべき義務の違反が認められるか(争点2)。
(3) 被告職員がけいれん状態にあるBを発見した時点における注意義務違反の有無。すなわち,被告職員において,Bが盗食をした後,談話室でけいれん状態に陥っているのを発見した時点で,スイートポテトを吐き出させるために必要な措置(タッピング,背部叩打法又は腹部突き上げ法)を講じ,直ちに救急車の出動を要請すべき義務の違反が認められるか(争点3)。
(4) 入居者の誤嚥事故の発生に備えた態勢整備に係る注意義務違反の有無。すなわち,被告において,入居者の誤嚥事故の発生に備えて適切な態勢(粘着性の強い食物に対しても気道から吸引し得る十分な能力を備えた吸引器の準備,当該吸引器の適切な場所への配置)を整えるべき義務の違反が認められるか(争点4)。
(5) 上記の各注意義務の違反と,Bがいわゆる植物状態になったこと及び死亡したこととの間の,相当因果関係の有無(争点5)。
(6) Bの損害の額等(争点6)
(7) 過失相殺及び素因減額(争点7)
(8) 損益相殺(争点8)

重要な判示(過失)

争点⑵について

前記認定事実によれば,Bは,平成23年8月頃から嚥下障害を発症し,食物を喉に詰まらせて窒息することが起きていたこと,被告は,同月頃,G医師の診断等を踏まえて,Bに常食を提供することは危険であると判断し,Bに対し,刻み食を提供するとともに,喉に詰まりやすいパンの提供を中止したこと,Bは,平成24年1月中旬頃から飲水量と尿量が激増し,同じ頃から食物への執着が強くなり,ごみ箱を漁ってヨーグルトの箱のふちについているものを舐めたり,冷蔵庫の中身を勝手に食べたりしていたこと,Bについて,血液検査及び尿検査の結果,水中毒であるとされたため,被告は,Bの自室内の水道等を止めて,Bが自由に飲水することを制限していたが,Bは,他人の部屋に入り飲水したり,食事時に他人の食事を盗食したり,他人の部屋に置いてある食物を部屋に侵入して食べたり,鍵のかかっている他の入所者の部屋に扉を強引に開けて入ろうとしたりすることがあったこと,Bは,同年2月3日,他の入居者が食べている最中に盗食をして,その入居者と喧嘩となったこと,被告は,これらの盗食をめぐるトラブルを認識していたことなどの事実を指摘することができる。そして,C及びDは,Bがスイートポテトを盗食したことに気付いた時点において,Bが食事を喉に詰まらせる危険性の高い入所者であり,そのために食事時に見守りを要していたことを認識していたものであり,他方,Bが盗食をしたスイートポテトを吐き出したり,適切に飲み込んだりしたことを確認していなかったことが認められる。また,スイートポテトは,粘着性の高い食物であり,Bが被告職員の目が離れた短時間に盗食をしたことに照らせば,Bがスイートポテトを十分にそしゃくしていなかった可能性も相当程度認められる。したがって,Bの嚥下障害がリスパダールの服用中止により改善していたことを考慮してもなお,C及びDにおいて,Bがその口腔内にある十分そしゃくされていないスイートポテトを喉に詰まらせることを予見することは,十分に可能であったものと認められる。
 以上の事情の下では,C及びDは,Bが入所する本件施設の職員として,盗食をしたBを発見した時点において,Bがスイートポテトを嚥下することを見届け,万一その途中で誤嚥した場合,直ちに適切に対処することができるよう,Bの様子の監視を続けるべき注意義務を負っていたものというべきである。

重要な判示(因果関係・損害)

争点⑹について

被告が,Bが適切にスイートポテトを食べ終えることを見届け,万一その途中で誤嚥をした場合に,直ちに適切な対処をできるよう,Bの様子の監視を続けるべき注意義務(注意義務②のうちの一つ)を履行していた場合には,Bは,低酸素脳症によりいわゆる植物状態になることや,死亡することがなかったことが高度の蓋然性をもって認められ,被告職員が盗食をしたBを発見した時点における前記注意義務に違反したことと,Bがいわゆる植物状態になったこと及び急性腎不全により死亡したこととの間には,相当因果関係が認められるものというべきである。

争点⑺について

本件事故は,B自身の能動的な盗食行為によって惹起されたものであり,Bの盗食行為がその後の植物状態及び死亡という結果に社会通念上寄与したものであること,当該盗食行為は,Bの日常的な盗食癖によるものであるところ,Bの盗食癖は,本件施設に入所した時点で発現していたものではなく,平成24年1月頃に発現したものであり,被告は,Bが本件施設に入所した時点において,Bに認知症の既往や盗食癖が存在することを伺わせるような事情を伝えられておらず,当初からBの盗食癖を認識した上で,Bと本件施設に係る入所契約を締結したものではないこと,被告は,同年2月3日,相模台病院のG医師に対し,Bの対応に窮している旨を伝えて,診断を仰ぐなどし,これを受けて,G医師は,同月4日にBを診察し,Bが長谷川式簡易知能評価スケールにおいて30点中10点と認知症が進行しており,逸脱行動や怪我をすることがあれば,再入院を検討する旨の診断をしたものであり,Bの病状は,盗食癖の発現を含めて本件事故の1か月ほど前から急速に悪化し,本件事故の前日にはG医師において再入院の必要性に言及するほどの状態になっていたことが認められる。
 これらの事情に照らせば,本件事故は,B自らの認知症の進行に伴う盗食癖に内在する危険が現実化したという側面があるというべきであり,前記損害のすべてを被告に負担させることは,損害の公平な分担の観点から相当ではなく,民法418条若しくは同法722条2項の適用又は類推適用により,過失相殺又は素因減額として,被告が負う損害賠償責任の範囲が限定されるものと解するべきである。そして,本件に現れた一切の事情を総合すれば,被告の損害賠償責任が限定される範囲は,前記損害の3割を超えるものではなく,被告の損害賠償責任の範囲は,前記損害額の7割であると認めるのが相当である。

弁護士からのコメント

介護施設における誤嚥事故は,嚥下障害が生じている高齢者には防ぎがたいことがあり,必ずしも全て責任が問われるわけではない。常時監視を求めるのが酷な場合もある。

しかし,本件では,嚥下障害がある亡Bがスイートポテトを口に入れている状況を職員が確認していたが,出させようとしたものの諦めて,その後を見届けることもしなかったという経過がある。危険性を認識しており,しっかり対応すれば防ぎ得たという意味では,非常に残念であり,あと少しの対応が不足してしまった事案ではなかったかと思われる。

もっとも,本件においては,Bの過失相殺が認められている。この点については施設側がどの程度,Bのリスクを受け入れていたかが問われている。判決は,Bの状態を把握していないという観点から3割の過失相殺を認定したが,短くない期間老人ホームで介護していながら,認知症や盗食について把握していなくて良いのか,むしろ重要な事実を十分聴き取りしたのかなど,疑問点もある。

関連するよくある質問

  • 関連する質問はありません。

よくある質問をもっと見る

tel
mail
^