判例集

出産事故

判例情報・出典
静岡地裁浜松支部判決 認容額約1億9878万円 重度脳性麻痺・緊急帝王切開による急速遂娩の準備と実施を懈怠

齋藤 健太郎
弁護士
齋藤 健太郎

患者(被害者)の属性

原告子は、令和元年6月14日に被告病院にて重症新生児仮死の状態で出生した男児。 出生直後に重度の低酸素状態に陥り、現在も人工呼吸器管理を要する重度脳性麻痺の状態にある。 母(原告母)は出産当時41歳で初産 被告病院は浜松市が開設し、被告(公益財団法人)が指定管理者として管理する総合病院 産科・小児科を備え、地域周産期母子医療センターの指定を受けている。

判例要旨

本件は、前期破水で入院した原告母に対し、被告病院の医師および助産師には
(1) 陣痛促進剤(オキシトシン)投与等に関する過失、
(2) C T G 上の異常波形から適切な報告・緊急帝王切開を怠った過失、
(3) 血液検査や抗生剤の投与を怠った過失
があったと主張し、これにより原告子に重度の脳性麻痺が生じたとして損害賠償が求められた事案である。
裁判所は、11時45分頃の時点で急速遂娩(緊急帝王切開)へ切り替えるべき注意義務があったと認定し、被告の過失と原告子の重篤な後遺障害との因果関係を肯定した。結論として、原告子に対して約1億9,478万円余、原告父および母に各200万円の支払いを命じた。

争点

争点1 CTG 上の胎児心拍数波形評価(レベル分類)
原告らは、4時台以降連続して高度異常波形(レベル5相当)が認められると主張するが、被告は、レベル5には当たらず、多くてもレベル3〜4にすぎないと反論する。

争点2 血液検査や抗生剤投与を行わなかったことの過失
原告らは、前期破水症例ゆえに早期の血液検査や抗生剤投与が必要であったと主張するが、被告は、直ちに行わなくても医療水準を逸脱していないと反論する。

争点3 陣痛促進剤(オキシトシン)の投与方法および投与中止時期に関する過失
原告らは、CTG に異常波形が継続していたにもかかわらず、陣痛促進剤を継続したこと自体が過失だと主張するが、被告は、重度胎児機能不全とは判断できず、オキシトシン投与は適切だったと反論する。

争点4 緊急帝王切開を怠ったことの過失
原告らは、遅くとも8時台〜9時台に急速遂娩へ転換すべき義務があったと主張するが、被告は、レベル5相当の重度所見がなく、経腟分娩の継続は合理的判断だったと反論する。

争点5 過失と後遺障害発生との間の相当因果関係
 被告は、GBS 感染など不可避的要素によるもので、医師の過失とは無関係だと主張するが、原告らは、適切に急速遂娩を実施すれば重度の脳障害は回避可能であったと反論する。

争点6 損害額
 原告子の後遺障害慰謝料、逸失利益、将来介護費などの算定および父母固有の慰謝料の算定に争いがある。

重要な判示(過失)

争点1(CTG 上の波形評価)
「…10時05分頃までの CTG 所見に異常波形が認められるものの、そのレベルは3(軽度)から4(中等度)にとどまると評価するのが相当であり、重度胎児機能不全と断じることは困難である…」と判示した。
争点2(血液検査・抗生剤投与の過失)
「…令和元年6月14日7時15分頃までの間に、医師に血液検査や抗生剤を行うべき注意義務があったとは認められない…」と判示した。
争点3(オキシトシン投与・継続の過失)
「…10時05分頃までの CTG ではレベル3(軽度)〜4(中等度)の異常が認められるが、重度胎児機能不全とまではいえない…」
しかし、「14⽇11時45分頃の時点に⾄ると、低酸素状態に⻑期間さらされたことによる胎児機能不全が重度と評価できるレベルに達している相当程度の可能性が認められ、被告病院らの医師らにおいて急速遂娩の措置をとるべき注意義務を負うほどの状態になっていたことが認められるから、この頃までには、⼦宮収縮によって胎児の状態を悪化させるおそれがあるオキシトシンの投与を中⽌すべき注意義務を負っていたことは認められる。もっとも、この時点では、オキシトシンの投与中⽌だけでは⼗分ではなく、急速遂娩の措置までとるべき注意義務を負っていた」

争点4(緊急帝王切開を怠った過失)
「特に産科医療に携わる医療機関としては、胎児の低酸素状態の程度には常に注意を払い、胎児の低酸素状態が進み、その健常性が損なわれかねないほどの所見が認められた場合には、当該医療機関の性格や体制等に照らして相当な方法で、速やかに胎児の低酸素状態を改善する相当な措置をとるべき診療契約上の注意義務を負っている

「CTGの異常波形(レベル3から5までの波形)が認められた場合に、別紙1の表3に記載された対応をとる必要性や緊急性がそれほど高くないことを意味しているわけではない。本件ガイドラインが、レベル5の異常波形が認められる場合には急速遂娩の実行と新生児蘇生の準備が求められていることに留意すべきであると注意を促していることに照らしても、CTGのレベル分類と胎児機能不全の有無・程度には有意の相関関係があると認められ、波形の異常さを示すレベル分類が上がるにつれて、診療契約に基づき母子共に健康な出産を目指すべき注意義務を負っている医療機関としては、母体や胎児の状態により注意を払い、胎児機能不全を改善するのに必要で、当該症例や施設の諸事情に照らしてとることが相当な措置をとるべき注意義務を負っていると解するのが相当である。」
「さらに、本件ガイドラインは、CTGの波形レベルが3ないし4の場合であっても、これが持続する場合には、分娩進行速度と分娩進行度も加味し、定期的に「経腟分娩進行の可否について判断する」ことを推奨しているが(推奨度B)、これは、レベル3(軽度)から4(中等度)の異常波形であっても、その持続時間が長くなると胎児血酸素化不全状態が重篤化する可能性があるからである(前期前提事実⑷ウ)。したがって、異常波形が認められた場合にとることを検討すべき対応や処置については、別紙1の表3のとおり、相当の幅がある上、上記のとおり、これらの対応や処置を実際にとるかどうかについても、原則として医療機関の裁量に委ねられているものの、異常波形の持続時間が長くなるにつれて、医療機関が診療契約に基づいてとるべき対応や処置の必要性や緊急性は上がり、また、その対応や措置の内容も予想される胎児血酸素化不全状態の重篤化の程度に即したものになるというべきである。」

「CTGの所見上、14日4時43分頃にレベル3(軽度)の異常波形が現われ、その後、CTGの中断時や分娩監視装置の装着不良等により正確に波形を記録することができなかった時間帯を除き、分娩時までほぼ間断なくレベル3から4(中等度)の異常波形が出現している。特に、7時30分頃からは、レベル4の出現頻度が高まっており、子宮頻収縮が認められるようになった11時16分頃までの3時間45分ほどの長時間にわたって、このような状態が続いている。CTGの異常波形が認められた場合の偽陽性率の高さや、9時03分頃に一時的にレベル2まで波形が改善していること、10時08分頃から10時31分頃まで及び11時55分頃から12時22分頃までの基線波形レベルが1~2と認められること、レベル3の比較的軽度の異常波形も相当数認められることを考慮に入れても、心拍数基線が常に頻脈ないし頻脈傾向にあり(正常脈と認められる時間帯であっても、胎児心拍数は頻脈と正常脈の境界である160bpm付近にあった。別紙2)、基線細変動も減少と評価される時間帯が長く続いていることからすれば、このようなCTGの所見からは、遅くとも14日11時16分頃の時点で、胎児血酸素化の不全やその重篤化のおそれを疑うべき状況にあったと認められる。
 そして、このようなCTG所見に加え、前期破水の症例で羊水減少により子宮収縮に伴う臍帯圧迫の程度が強く出る可能性があったこと、発熱があり、子宮内感染の可能性を否定できず、その場合には臍帯の酸素・二酸化炭素の交換機能が低下したり、胎児の低酸素に対する耐性や防御機構が減弱したりしている可能性があったことも考慮に入れると、上記のとおり、異常波形の出現が相当長時間にわたって続いていた11時16分頃の時点では、子宮収縮による臍帯圧迫によってもたらされる一時的な低酸素状態が胎児の健常性を損なう相当程度の可能性があることも十分に考慮に入れるべきであったというべきである。」

「本件では、このような状態で、11時16分頃からは子宮頻収縮と評価されるほどに子宮収縮の頻度が高まっていたのであり、このような陣痛の増加は、早期の経腟分娩につながる場合には、胎児の低酸素状態の解消につながることから好ましい側面もある一方で、分娩進行度や進行速度に照らして早期の分娩が期待できない状態にある場合には、胎児の低酸素状態を悪化させる状態が更に続くことを意味し、上記のとおり、異常波形の出現が長時間にわたって続いており、前期破水や発熱といった身体所見も認められる本件においては、これ以上経過観察を続けて、胎児低酸素状態の継続と悪化の可能性を高めることは、母子共に健康な出産を目指して締結された診療契約の目的に照らし、もはや許されない状況にあったというべきである。そして、本件では、別紙診療経過一覧(事実)に記載のとおり、11時45分頃の内診の時点でも、子宮口開大が5㎝、Station-2、展退70%に過ぎず、分娩進行度も遅く、オキシトシンの投与を続けても早期の経腟分娩を実現することは望めない状況にあったのであるから、遅くともこの時点で、被告病院の医師らは、臍帯の圧迫を強めて胎児の低酸素状態を悪化させかねないオキシトシンの投与を速やかに中止した上で、緊急帝王切開により急速遂娩する方針に転換し、速やかにその準備と実施をすべき診療契約上の注意義務を負っていたものと認められる。しかしながら、被告病院の医師らは、これ以降も緊急帝王切開による急速遂娩を実施することを怠ったものであるから、被告病院の医師らには、上記緊急帝王切開による急速遂娩をすべき診療契約上の注意義務を怠った過失が認められる。」
と判断した。

重要な判示(因果関係・損害)

「被告病院の医師らは、14日11時45分頃の時点で、原告子の胎児低酸素状態を根本的に解消する緊急帝王切開による急速遂娩の準備と実施を怠っており、かつ、これを行っていれば、実際に出産した16時16分の時点よりも4時間以上早く低酸素状態から脱却することができたことや、CTGの所見上、11時45分以降に、一時的ではあるもののレベル2~3と評価することができる波形が認められることに照らすと、上記時点で緊急帝王切開により原告子を娩出していれば、本件のような後遺障害が残らなかった蓋然性が高かったというべきであるから、被告病院の医師らの上記注意義務違反と原告子に重篤な後遺障害が残ったという結果との間には、相当因果関係があると認めるのが相当である」
と判断された。

弁護士からのコメント

本判決では、産科ガイドラインの損害賠償における法的な位置づけからしっかりと論じたうえで、CTG所見のみならず、前期破水、分娩の進行状況などから、的確に論じている点で非常に良く検討された判決であるといえる。
オキシトシンの投与はあまりに安易になされることが多く、それが胎児仮死を招いている可能性もある。オキシトシン投与を中止しなかった過失と、帝王切開による急速遂娩の準備を実施を怠った過失の2つを同時期に認定している点も評価できる。
このような判決が周知されることによって、同様の事例が再び生じないように再発防止を講じていくことが最も重要なことであろう。

関連するよくある質問

  • 関連する質問はありません。

よくある質問をもっと見る

tel
mail
^
産科医療に関するご相談はこちら