患者(被害者)の属性
30代女性判例要旨
点滴のため末梢静脈留置針の穿刺を受けた患者が、穿刺により橈骨神経浅枝を損傷し、後遺障害が残存した事案について、看護師が留置針を深く穿刺しないようにする義務を怠ったと認定し、看護師及び病院の責任を認めた。
また、患者の左上肢に皮膚温の低下と発汗異常,肩甲帯以下に感覚過敏と運動性麻痺(完全麻痺)が残存したことについて、CRPSの後遺障害(5級相当)を認定した。
認容額:6102万6565円
争点
(1)被告の過失の有無
(2)原告の後遺障害の有無及び程度
(3)原告の損害額、素因減額の可否
重要な判示(過失)
過失(1)(避けなければならない部位に穿刺した過失)
本件穿刺行為当時,手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位への穿刺について,神経損傷の可能性があることから避けるべきである,あるいは,避けた方がよいとの考え方が主流であったと認めることができるものの,同部位への穿刺が禁じられ,同部位への穿刺を避けなければならない旨の義務が医療水準として確立していたとまで認めることは困難である。
過失(2)(十分な注意を払わずに穿刺した過失等)
手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位に留置針を穿刺する際には,これを行い得る十分な技量を有する者が,他部位に比べて十分な注意を払って行わなければならないというべきである。
上記認定事実のとおり,原告は,B看護師に本件穿刺行為をされた際,これまで点滴ルート確保の際には感じたことがないような鋭い痛みを感じ,「痛い。」と声を上げたこと,B看護師は,そのまま更に1ないし2ミリメートル進めた上で留置針を留置したこと,本件穿刺部位において,血液の漏出が見られ,小さく膨らんだ内出血の痕ができたこと ,B看護師は,点滴が落ちていなかったことから留置針が穿刺された状態のまま内出血の周辺を軽く叩くなどしたこと,本件穿刺部位には皮下が腫れたような少なくとも3ミリメートル程度の大きさの瘤ができたことが認められる。
ところで,一般に,血液の漏出の原因としては,穿刺時に留置針が血管内に十分刺入されていない場合,血管の上部壁を貫いた場合及びかすった場合等が考えられるところ,上記認定事実のとおり,本件穿刺行為直後に原告の左腕に生じた血液の漏出は,B看護師が,原告が痛みを訴えたにもかかわらずそのまま更に留置針を1ないし2ミリメートル進めた後に生じたものであること,結果として,本件穿刺部位には皮下が腫れたような少なくとも3ミリメートル程度の大きさの瘤ができたこと等が認められ,これらの事実に弁論の全趣旨を総合するならば,上記の血液の漏出は,B看護師が留置針を深く穿刺し過ぎたために血管が傷付いたことによって生じたものと推認するのが相当である。
上記認定事実のとおり,原告は,本件穿刺行為時にこれまで点滴ルート確保の際に感じたことがないような鋭い痛みを感じ,そこから更に留置針を1ないし2ミリメートル進められ,留置針が穿刺された状態のまま本件穿刺部位を叩かれたこと,ガーゼを当てて瘤を強く圧迫された際も強い痛みを感じたこと,本件穿刺行為以降,左上肢の痛み及び痺れ等を感ずるようになったこと,被告病院の●●●医師は,平成22年12月24日 ,橈骨神経浅枝の傷害を疑ったこと,b病院の●●●医師は,平成23年1月7日,本件穿刺行為により左橈骨神経浅枝損傷を発症した旨の診断書を作成したこと,さらに,c病院の●●●医師は,同年3月18日,末梢神経障害,抹消神経障害性疼痛等と診断したことが認められ,これらの事実に本件穿刺行為の態様,原告の主訴,治療経過等及び弁論の全趣旨を総合するならば,本件穿刺行為によって原告の橈骨神経浅枝が傷害されたと認めるのが相当である。
以上によるならば,B看護師は,本件穿刺行為において,深く穿刺しないようにする義務を怠ったといえ,その点において義務違反があったということができる。
重要な判示(因果関係・損害)
(1) 後遺障害としてのCRPSの罹患の有無について
原告は,本件穿刺行為によってこれまで点滴ルート確保の際に感じたことのないような鋭い痛みを感じたこと,B看護師は原告が痛みを訴えた後に更に留置針を1ないし2ミリメートル進め,血液の漏出を来し,少なくとも3ミリメートル程度の大きさの瘤を生じさせ,その瘤を強く圧迫したこと,原告は,その際も強い痛みを感じ,それ以降左腕の痛みや痺れを訴えるようになったこと,本件穿刺行為によ って原告の橈骨神経浅枝が傷害されたことが認められ,証人●●●医師及び同●●●医師も ,原告がCRPSに罹患した原因について,本件穿刺行為がトリガーとなったことを認める旨の証言をしていること,本件手術中に原告の身体の左側に多少の圧迫等があったとしてもそれによってCRPSが発症したとまでいうことは困難であること(上記認定事実のとおり ,●●●医師は,本件手術中には頸部から上肢に痛みが出現するような操作はなかったと診療情報提供書に記載しており,また,証人●●●医師は,そのような場合であれば,通常,経過観察していくうちに改善することがほとんどであると証言しており,本件手術後に行った頸椎MRI検査の結果において異常は認められていない。)等を総合するならば,原告は ,本件穿刺行為によってCRPSに罹患したものと認めるのが相当である。
(2)後遺障害の等級
CRPSについては,疼痛の発作の程度,疼痛の強度と持続時間及び疼痛の原因となる他覚的所見等により,疼痛の労働能力に及ぼす影響を判断して ,後遺障害等級7級4号,9級10号,1213号の認定がされるものとされている。しかしながら,これは,CRPSに起因する疼痛が労働能力に及ぼす影響の観点から後遺障害等級を定めたものであって,CRPSに起因する上肢の機能障害があり,それがより高い等級に該当する場合には,その等級の認定を排除するものではないと解される。
原告は,「1上肢の用を全廃したもの」といえ,後遺障害等級5級6号に該当する。
弁護士からのコメント
注射の針を刺した際に、まれに神経を損傷してしまうことがあります。
神経を損傷したからといって医療機関側に過失があるということにはなりませんが、注射を打った部位、注射針の刺し方などにより、過失が認められることがあります。本件では、裁判所は、神経を損傷し易い手関節部から中枢に向かって12センチメートル以内の部位に留置針を刺したこと、原告が痛みを訴えたのにその後も針を進めたこと、出血の状況などから、留置針を刺した看護師の過失を認めました。
なお、穿刺の途中で原告が痛みを訴えたことについては、看護師が報告しなかったため病院のカルテにも記載がありませんでした。しかし、原告が約3日後に詳細な日記を書いていたため、それが証拠となり、痛みを訴えたことが認定されています。
CRPSの後遺障害の有無及び損害額の認定についても、同種事案の参考になります。
本件は控訴、上告されていますが、控訴審で損害額が減額されたものの原審とほぼ同様の判断であり、上告は棄却(上告受理申立が受理されず)されています。