患者(被害者)の属性
24歳・女性(妊婦),常位胎盤早期剥離判例要旨
分娩のためにa病院を受診し,同病院での治療中に死亡したBの相続人である控訴人ら(X1,X2)が,上記Bの死は,被控訴人病院の担当医師の治療行為上の過失に基づくものである旨を主張し,被控訴人病院を運営する被控訴人静岡県Y1組合連合会に対しては診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)による損害賠償請求として,担当医師であったその余の被控訴人ら(Y2〜Y4)に対しては不法行為による損害賠償請求として,Bの死亡により生じた損害(慰謝料及び逸失利益等)及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案。
原審は,Bの死亡当時の医療水準に照らした治療では,被控訴人医師らがBを救命することができたとは認められず,被控訴人医師らの過失とBの死亡との相当因果関係は認められないと判断し,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,Bの相続人らが控訴した。
本判決(控訴審判決)は,被控訴人医師らに診療行為上の過失が認められ,被控訴人医師らの過失とBの死亡結果との間に因果関係も認められることから,原判決を取り消した。
認容額
X1(Bの夫) 4990万2834円
X2(Bの母) 2500万1417円
争点
(1) 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無(争点1)
(2) 産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無(争点2)
(3) 出血量チェック及び輸血に関する過失の有無(争点3)
(4) 弛緩出血への対応に関する過失の有無(争点4)
(5) 転送義務違反の有無(争点5)
(6) 被控訴人らの過失とBの死亡との間の相当因果関係の有無(争点6)
(7) 被控訴人医師らによる期待権侵害の有無(争点7)
(8) B及び控訴人らの損害(争点8)
重要な判示(過失)
(1) 常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失の有無(争点1)について
「前記1(2)ア,エ及びオ認定の事実によれば,本件手術が行われた平成20年4月当時において,一般的な産科医にとって,常位胎盤早期剥離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすいこと,産科DICは重篤化すると非可逆性になり,生命が危険となることから,治療は時期を失することなく行われる必要があること,常位胎盤早期剥離を発症した場合には母体予後の観点からは産科DICの程度が問題となるため,より早期に産科DIC診断を行うために産科DICスコアを用いた状態の把握を行い,母体に産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始すべきことは,臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
本件において,前記前提事実及び前記1(1)認定の事実によれば,手術が開始された午前9時15分頃の段階における産科DICスコアは9点(常位胎盤早期剥離・胎児死亡:5点,冷汗:1点,蒼白:1点,脈拍≧100:1点,出血時間≧5:1点)であり,本件ショックが生じた午前9時30分頃の段階においては,10点(上記に加え,血圧≦90:1点)であったものであって,産科DICに進展する可能性が高いといえる状態であった。
この点について,前記1(1)認定の事実によれば,被控訴人医師らは,遅くとも本件手術前には,Bが常位胎盤早期剥離を発症しており,しかも胎児が死亡している可能性があることを認識していたのであるから,産科DICスコアを経時的にカウントして早期に産科DICの診断を行い,必要に応じて産科DICへの対応を行うべきであった。しかしながら,被控訴人医師らは,本件手術当日,産科DICスコアのカウントを全く行わず,産科DICの確定診断に向けた血液検査等も実施しなかったものであり,上記の注意義務に違反したことが認められる。」
(2) 産科DIC及びショックに対する治療に関する過失の有無(争点2)について
「本件手術が行われた平成20年4月当時,産科ショックは産科DICを併発しやすいことから,ショックが疑われる場合にはタイミングを失することなく対応することが肝要であること,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSIにより評価するのが望ましく,SIが2.0は2000g以上の血液喪失を考え,1.0以上で輸液,輸血を考えるべきであること,産科ショックの臨床症状・所見として,皮膚蒼白,Hct低下,中心静脈圧低下が見られるときは循環血液量の減少によるショックを疑うこと,産科ショックの治療としては,ショックの原因となる疾患に対する治療と全身管理を併せて行い,全身管理としては,①気道の確保,酸素投与,②血管の確保及び輸液,③輸血,④血圧の監視,⑤尿量の監視及び⑥薬物療法(副腎皮質ホルモンの大量投与等)を行うこと,このうち輸液及び輸血について,循環血液量の20%~50%の出血があった場合には,乳酸(酢酸)加リンゲル液とともにRCCが適応とされ,50%を超える出血があった場合にはRCC及び膠質液・アルブミン製剤が適応とされていることは,臨床医学の実践における医療水準となっていたと認められる。
この点について,被控訴人らは,平成20年4月当時,産科の臨床医学において,SIを用いてショック状態を把握することは一般的ではなかった旨主張する。しかしながら,SIが1.5を超え,産科DCIスコアが8点を超えたら直ちに輸血を開始するという産科出血ガイドラインは,本件手術時には公表されていなかったとしても,本件手術以前に公表された一般的な医学文献(甲B78,88)において,産科出血及び産科ショックの症候として,一般に血液消失量の肉眼的評価は過少になるのでSIにより評価することが推奨されており,産科ショックの対応として循環血液量の20%を超える出血があった場合には輸血の適応があることが指摘されていたのであるから,被控訴人らの上記主張は採用することができない。」
(3) 出血量チェック及び輸血に関する過失の有無(争点3)について
「被控訴人医師らは,遅くとも本件手術前からSIによる評価を行って,遅くとも本件ショックが発生した午前9時30分の時点では速やかに輸血を実施すべきであったし,抗ショックの治療を実施すべきであった。
しかしながら,前記1認定の事実によれば,被控訴人Y3の指示にもかかわらず,被控訴人Y1連はFFP10単位の発注を行わなかったものであり,そもそも本件手術が開始されてから終了するまでの間,被控訴人病院内には医師が必要と判断した輸血用のFFPが存在しない状態であった。そればかりでなく,被控訴人医師らはBの出血量の把握を行わず,午前10時30分にRCC2単位の輸血を行うまで輸血を行わず,実際に行われた輸血の量も,後に把握された出血量である3438mlからみて極端に少ないRCC4単位,FFP2単位であったこと,副腎皮質ホルモンの投与等の抗ショック療法も行わなかったことが認められる。
以上のとおり,被控訴人らには,出血量チェック及び輸血に関する過失及びショックに対する治療に関する過失が認められる。」
(4) 弛緩出血への対応に関する過失の有無(争点4)について
「前記1(1)認定の事実によれば,午前9時26分頃に被控訴人医師らによって子宮が体外に出された際,子宮は全体に柔らかく表面色も早期胎盤剥離時のそれを呈していたことは認められたものの,子宮からの強出血はなく,子宮の大きさが一般の子宮と比べて大きくなっていたわけではないこと,被控訴人医師らは,子宮収縮は不良であるものの,輪状マッサージで子宮の収縮がやや良好であったことから子宮温存可能と判断したこと,その後,被控訴人医師らは午前10時頃までの間に子宮の切開創を縫合し,Bの体内に戻したが,その間Bの子宮から一定の出血は認めたものの,子宮の巨大化や,子宮が浮腫状になっていることは確認できなかったこと,被控訴人医師らは,Bの閉腹が完了する午前10時45分までBの子宮が巨大化しているという認識はなかったことが認められる。
以上によれば,本件において被控訴人医師らに,前記(1)において述べたとおり,産科DICスコアを経時的にカウントして早期に産科DICの診断を行い,必要に応じて産科DICへの対応を行うべき義務違反はあったものの,これとは別に弛緩出血への対応に関する過失があったとまでいうことはできない。」
(5) 転送義務違反の有無(争点5)
「前記前提事実記載のとおり,被控訴人病院は,本件手術当時,産婦人科を含む合計14の診療科を有する病床数265床の病院であり,妊産婦緊急搬送入院加算の基準も満たした病院であったところ,本件でBに生じた産科DICに対しては被控訴人病院において適切な治療を行うことが可能な態勢を有していたと認められるところであり,被控訴人医師らに転送義務に違反した過失を認めることはできない。」
重要な判示(因果関係・損害)
(6) 被控訴人らの過失とBの死亡との間の相当因果関係の有無(争点6)
「 前記2において認定説示したとおり,Bは常位胎盤早期剥離を契機とする産科DICが主たる原因となって死亡したものと認めるのが相当であるところ,前記(1)及び(2)において認定した被控訴人医師らの過失(常位胎盤早期剥離発症時における産科DIC防止に関する過失,ショックに対する治療に関する過失,出血量チェック及び輸血に関する過失)がなかったならば,Bは適時に輸血等の抗ショック治療受け,産科DIC対策が行われて救命できたものと認められる。したがって,被控訴人らの過失とBの死亡結果との間には因果関係があるものと認められ,被控訴人医師らにはBの死亡結果につき共同不法行為が成立する。
なお,前記2において述べたとおり,Bに羊水塞栓症が発症した可能性はあるものの,前記1(1)で説示したBの症状経過を踏まえると,仮にBに羊水塞栓症が発症していたとしても,急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示すものではなく,DIC先行型羊水塞栓症(子宮型羊水塞栓症)であって,かつ,全身性のアナフィラキシーショックを伴うものでもなかったと考えられるところであり,C証人もその論文(甲B133)で述べるとおり,適切な産科DIC対策が行われた場合にその予後が悪いとはいえないこと,前記1(2)キ(ウ)記載の各文献によれば,羊水塞栓症の母体死亡率について,根拠のはっきりしている調査結果では,本件手術当時であっても20%から30%程度であったと認められるところ,この数値には急激に心肺虚脱をもたらす臨床症状を示す症例も含まれていると認められ,Bに発症した可能性があるのが,上記のように予後の比較的良いとされるDIC先行型羊水塞栓症であったことからすれば,適切な治療が行われた場合に救命できなかったとは認めることができないものといわざるを得ない。」
(8) B及び控訴人らの損害(争点8)
ア 葬儀関係費用 150万円
イ 死亡慰謝料 2400万円
ウ 逸失利益 4260万4252円
エ 胎児死亡慰謝料 認めない。
前記1(1)認定の事実によれば,胎児は常位胎盤早期剥離によって母体内で死亡したことが認められるところ,午前7時20分頃の助産師による診察時に既に胎児心音が聴取できなかったことからすると,この時点で胎児が死亡していた可能性が高いというべきであるから,胎児死亡と被控訴人らの前記過失との間に因果関係は認められない。
オ 小括
上記ア〜エを控訴人X1が3分の2,控訴人X2が3分の1の相続割合で相続したものであり,被控訴人X1は4540万2834円(円未満切捨て),被控訴人X2は2270万1417円(円未満切捨て)の損害賠償請求権を相続した。
カ 弁護士費用 被控訴人X1につき450万円
被控訴人X2につき230万円
キ まとめ
控訴人X1 4990万2834円
控訴人X2 2500万1417円
弁護士からのコメント
原審(静岡地裁判決平成27年4月17日)は,被告医師らがBが常位胎盤早期剥離を発症したことを把握しながら,その後進展する可能性のある産科DICに対する治療の準備が遅れた結果,午前11時において十分な抗ショック療法及び抗DIC療法(RCC及びFFPの投与等)を行うことができなかったとして,治療行為上の過失を認めましたが,被控訴人医師らの過失とBの死亡との相当因果関係を否定して請求を棄却しました。
本判決は,病院側が重症の羊水塞栓症であったことから救命困難であったと主張した点について,羊水塞栓症であっても「心肺虚脱型」ではなく「DIC先行型(子宮型)」の場合には,DICへの早期対応によって救命し得たとの判断をしており,同種の出血症例において大いに参考になるものと考えられます。