患者(被害者)の属性
13歳の少年判例要旨
脳ヘルニアにより頭痛や吐き気等の症状を訴えて救急搬送された少年が、診察した医師の指示により帰宅した後死亡した事案について、診察を担当した医師には、頭蓋内圧亢進症を疑って必要な検査を行うべき医療上の注意義務、少年に対して帰宅を指示せずに病院内で経過観察を行うべき医療上の注意義務があったにもかかわらず、必要な検査を行なわないまま帰宅を指示して、適切な治療を受ける機会を喪失させた過失があるとして、病院に対して約3260万円の賠償を命じた。
争点
争点(1) 搬送時の検査義務
搬送時、頭蓋内圧亢進を疑い、CT検査等を実施すべき義務があったか否か
争点(2) 退院時の検査義務等
退院指示後の患者の様子を観察し、退院指示を撤回してCT検査等を実施すべき義務があったか否か
争点(3) 因果関係
検査をしなかったことと死亡との因果関係が認められるか(検査をしていれば死亡という結果を回避することができたか)
争点(4)(損害)
素因減額をすべきか否か
重要な判示(過失)
争点(1) 搬送時の検査義務についての判示
(1) 前記認定事実によると,Bは,本件搬送時,既に頭蓋内圧亢進症を発症していたものと認められる。
(2) 医学的知見によると,頭蓋内圧亢進症状は,自覚的には①頭痛,②嘔吐,③視力障害の3主徴があり,他覚的には④意識障害などがある(乙B1)。
そうすると,Bが平成21年8月20日頃,頭痛が2日間続く症状に見舞われた際,ほかに悪心嘔吐と光がまぶしく感じられる状態であったというのであるから(甲A1),上記にいう3主徴である①頭痛,②嘔吐,③視力障害がいずれも発現したと考えることができる。
(3) そして,医学的知見によると,頭蓋内圧亢進症においては,嘔吐が終わると頭痛は一時的に寛解し,また食べられるという特徴を有することが認められる(甲B23,乙B1)。
Bについて,頭痛と嘔吐の症状があったが,嘔吐が終わると頭痛が寛解したとすれば,頭蓋内圧亢進を疑うべきであったということができる。
(4) これに対し,被控訴人Y1医師は,Bの頭痛症状は一過性の片頭痛によるもので,既に頭痛症状は消失していることなどから,特段の治療の必要性はないものと判断した。この点について,被控訴人Y1医師において,Bの症状について,頭蓋内圧亢進の疑いを排除したことには合理的理由が存在したとは認められない。
争点(2) 退院時の検査義務等についての判示
本件退院時において,Bに意識障害の症状が出現していたことがうかがわれる。このような状態は,本件退院指示が前提とした条件と異なる事態というべきである。
したがって,このようなBの状態を現認したG看護師において,Bに関する上記状態の悪化の事実を被控訴人Y1医師らに報告して,対応について指示を受けるべき義務があったというべきである。
そして,そのような報告がされていれば,被控訴人Y1医師において,Bについて,意識障害の発症を疑い,本件退院指示を撤回した上,頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査等を実施すべき義務があったというべきである。
重要な判示(因果関係・損害)
因果関係についての判示
(1) 前記認定事実によると,Bの直接の死因は,脳腫瘍であること,Bに対する司法解剖の結果(甲A6),Bの左大脳半球側頭葉に,脳室とは連続しない,比較的厚い皮膜で覆われた6センチメートル大の本件のう胞が占拠していたこと,本件のう胞の内部に,2センチメートル大の褐色調の腫瘍性病変が確認されたこと,同腫瘍について,組織学的検査の結果,「粘液乳頭状上衣腫」の組織像に該当するものであったこと(甲A6,甲B11),「上衣腫」とは,脳室壁を構成する上衣細胞から発生する腫瘍をいい(甲B28),頭蓋内圧亢進症状の原因とされること,粘液乳頭状上衣腫は,良性腫瘍であり,摘出により治癒可能であること(甲B28,30),本件搬送時,血圧の低下は顕著でなく,発言,呼吸もしていたのであるから,最悪(不可逆的)の状態には陥っていなかったこと,頭蓋内圧亢進症状は神経画像で診断でき(乙B1),Bに対し,頭部CT検査を実施していれば,本件のう胞を発見することができたと認められること,頭蓋内圧亢進に対する治療として,高張液(マニトール,グリセオール)の投与や脳室ドレナージ又は除圧開頭術を行えば,脳圧をコントロールすることができたこと,Bが死亡した日の午前8時頃の時点で,その生存が確認されていること等の事実が認められる。
(2) 以上によると,本件搬送時において,Bに対し,頭部CT検査などを実施して治療を開始していれば,Bを救命することができた蓋然性があると認められる。
損害についての判示
本件搬送時には,Bの頭蓋内には相当程度に進行し,肥大化した本件のう胞が存在していたこと,被控訴人病院としては,小児科救急医療の受入れ先として,深夜に救急搬送されたBに対して,取り急ぎ救急医療を施したものであること,その他本件に顕れた事情を総合考慮すると,公平の見地から5割の素因減額を行うのが相当である。
弁護士からのコメント
頭蓋内圧亢進の兆候が出ていたにもかかわらず、頭蓋内圧を疑ってCT等の検査をすることなく帰宅させたという事案です。
重要な疾患の見落としについて過失が認められない事案も少なくありませんが、搬送に至るまでの症状の経過や、救急隊員や医師に訴えた症状に加え、帰宅指示後に意識障害が現れた経緯も詳細に認定され、過失が肯定されています。
また、このような見落とし事案では必ず因果関係も問題となりますが、本件では退院後死亡するまでには相応の時間が経過しており、検査をしていれば必要な処置を施す時間的な余裕もあったとして因果関係も肯定されています。
他方で、第1審では、同様の事実認定がなされたにも関わらず過失が否定されています。このように、第1審と控訴審とで結論が異なることも珍しくありません。医療事件の難しさが現れています。