患者(被害者)の属性
60代・女性,胃静脈瘤判例要旨
エコーガイド下での経皮的肝生検の際に肺を誤穿刺されて血液中に混入した気泡により空気塞栓症となり左片麻痺の後遺症が生じたとして女性とその家族らが損害賠償を請求した事件について,病院側がエコー画像では肝臓その他の臓器を十分に抽出,確認できる状態ではなかったにもかかわらず穿刺を強行した注意義務違反があるとして,合計1億3019万円の請求が認容された事例。
争点
(1)原告Aに対する肝生検の手技の経過
(2)肝生検をCTガイド下又は腹腔鏡下において行うべき注意義務違反の有無
(3)盲目的な穿刺を避けるべき注意義務違反の有無
(4)因果関係の有無
(5)損害及びその額
重要な判示(過失)
争点(1)について
肺の誤穿刺の原因について
「エコーガイド下の肝生検は比較的安全とされており,肺穿刺は一般に肝生検の合併症には挙げられておらず,平成5年発行の文献で肺穿刺の確率を0.0014%とするものがある程度であることのほか,F技師は,エコーガイド下での肝生検について,平均的な穿刺回数は2,3回で,本件肝生検は通常より1,2回は穿刺回数が多く,時間も少し長めにかかった旨証言していること(F技師の証人調書9,18頁),5回にわたる本件肝生検において,結局,肝実質は全く採取できなかった上に,肺実質まで穿刺をしていること,そして,原告Aが極度の肥満体型で,本件肝硬度検査は,その皮下脂肪の厚さのために中止されたことなどの事情も考慮すれば,本件肝生検におけるエコー画像では,原告Aの肝臓その他の臓器が十分に描出,確認できる状態ではなく,そのために,肺を誤穿刺することになったものと認めるのが相当である。」
争点(2)・(3)について
「上記2の認定判断によれば,E医師は,本件肝生検におけるエコー画像では,原告Aの肝臓その他の臓器を十分に描出,確認できる状態ではなかったにもかかわらず,穿刺を繰り返したものと認められる。前記第2の1⑶アの医学的知見や同⑵ア及びイ認定の本件肝生検に至る経緯に照らし,このような状態で本件肝生検をあえて強行したことを正当化する事情を認めることはできないというべきであり,E医師による本件肝生検には,原告Aの肝臓の位置が適切に確認できないにもかかわらず強行した注意義務違反があったと認められる。」
「被告等は,仮に肺組織への誤穿刺があったとしても,脳の空気塞栓症が生じる確率は,直接的に肺組織を狙う肺生検においてさえ0.061%と報告されており,肝生検においては更に低くまれなことであるから,これを予見することはほとんど不可能である旨主張する。
しかし,現実に発生する確率はともかく,肺を誤穿刺すれば血管内に空気が入り込んで空気塞栓症が生じ得ること,その空気が血管内を循環し脳に至ることもあり得ることは,医学的に明らかといえる。前記第2の1⑶ア認定の医学的知見においても,肝生検の合併症として肺穿刺を挙げる文献があり,肺生検の合併症として空気塞栓を挙げる文献があることをも考慮すれば,万一,肺を誤穿刺した場合に,脳の空気塞栓症が発症し得ることにつき,予見可能性がなかったとはいえず,被告等の上記主張は採用することができない。」
重要な判示(因果関係・損害)
因果関係
「4 争点⑷(因果関係の有無について)
上記1及び2の認定判断によれば,上記1⑵カ認定の原告Aの後遺障害は,本件肝生検において原告Aの右肺が穿刺されたことにより生じた脳の空気塞栓症を原因とするものと認めるのが相当である。そうすると,上記3認定の本件過失と原告Aの上記後遺障害との因果関係を認めることができる。」
請求認容額
「以上の次第で,原告Aの請求は,被告に対し,1億2799万0425円及びこれに対する症状固定日である平成28年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告Bの請求は,被告に対し,110万円 及びこれに対する同日から支払済みまで上記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告C及び原告Dの各請求は,被告に対し,各55万円及びこれに対する同日から支払済みまで上記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。」
弁護士からのコメント
本件では,穿刺時において,エコー画像により肝臓その他の臓器が十分に抽出,確認できていたか否かが主な争点となっています。
被告側は,肺の誤穿刺に至った理由について,穿刺中に患者が医師の指示に反して深く息を吸って肺が下方に移動したからである旨主張していましたが,裁判所は,医療記録にはこれに関する記載がないことや,医師の証言が曖昧であることなどを理由としてこの主張を認めませんでした。
また,被告側は,仮に肺組織への誤穿刺があったとしても脳の空気塞栓症が生ずる確率が低いとして予見可能性を争いましたが,裁判所は,現実に発生する確率はともかく,医学的知見からすれば予見可能性がなかったとはいえないとして注意義務違反を認めました。
穿刺事故における予見可能性につき参考となる事例といえます。