患者(被害者)の属性
女児・生後1か月判例要旨
原告らは、被告が経営する産科診療所においてその長女を出生し、生後も診療を受けていたところ、診療上の過誤により大動脈狭窄症を見落とされ、その結果死亡したとして、被告に対し、債務不履行ないし不法行為による損害賠償をした事例において、被告には聴診による大動脈弁狭窄症の診断義務違反及び全身症状観察による心疾患の診断義務違反があるとして原告の請求を認容した事例
認容額:2940万円
争点
(1) 争点1(本件カルテの信用性)
(2) 争点2(Bの死亡に係る注意義務違反の有無)
ア Bの死亡に至る機序
イ 聴診による大動脈弁狭窄症の診断義務(転送義務を含む。)違反の有無
ウ 全身症状観察による心疾患の診断義務(転送義務を含む。)違反の有無
(3) 争点3(因果関係の有無)
(4) 争点4(損害)
重要な判示(過失)
争点2について
本件解剖所見によれば,Bの大動脈弁狭窄は重度のものであり,時間をかけて心筋や心内膜面の肥厚や線維化が進展し,大動脈弁狭窄による症状も時間経過に従って進行しながら現れていき,低心拍出量症候群・心不全症状となって,死亡に至ったもったものと考えるのが合理的である。
そうすると,Bの症状及び死亡に至る機序が上述のようなものであるなら,原告らが主張するとおり,十分な心拍出量があったと考えられる間は〔なお,出生直後から大動脈弁狭窄症の症状を有していたものの,Bの入院中の診療録記載の身体所見,生前のBの発育歴,生後23日までの体重増加が1日平均15.7gであることからすれば,出生時から生後23日目までは十分な心拍出量があったものと推測される(甲B21)〕,たとえ経験が浅い医療者であったとしても,実際に聴診を行う,あるいは,真剣に心雑音を聞こうとすれば,心雑音の異常を聴取することができたものと認めるのが相当であり(甲B21,32ないし39,42,61,乙B11,証人F),これにより,大動脈弁狭窄症と診断できたはずであるし,直ちに適切な治療を受けさせるために,Bを専門病院に転送することもできたはずである。したがって,被告は,適切な診断を行う義務を懈怠し,また,そのためBを専門病院に転送すべき義務も懈怠して,治療の機会を逸しさせたといわざるを得ない。
重要な判示(因果関係・損害)
争点3について
大動脈弁狭窄症及びその原因である二尖大動脈弁は,適切な時期の診断と治療によって高い確率で根治が可能な疾患であるといえ,大動脈弁狭窄症が不可逆的な重篤症状に進行する以前に診断できれば,姑息的なカテーテル治療と,根治的な大動脈弁形成術か大動脈弁置換手術(Ross手術等)によって完治が可能であると認められるから,本件においても高度な蓋然性のレベルで救命可能性を肯定することができるというべきである。
したがって,Bの退院時(10月5日)において,大動脈弁狭窄症との診断がされれば,高度な蓋然性のレベルで救命可能性を肯定することができると考えられるし,1か月健診時(10月29日)においても,退院時に比べればその可能性は減少することが推測されるとはいえ,死亡時までなお1週間程度の期間があることを考慮すれば,なお救命可能性を肯定することが相当と考えるべきである。
弁護士からのコメント
争点1のカルテの改ざんに関しては,問題となっている時期のカルテの記載の仕方が他の時期の記載と異なるといった理由で,カルテの改ざんが疑われるとしており,かなり踏み込んだ判断といえます。
本件での主な争点は,心拍音の異常を確認できたか否か,それに関連して,当時十分な心拍出量があったか否かという点でしたが,カルテの改ざんが疑われるという理由で,「心雑音なし」というカルテの記載が信用できないと判断され,それが結論につながったと考えられます。カルテの記載を十分に検討することの必要性を示す事例と言えます。