患者(被害者)の属性
女性・手術当時40歳判例要旨
一審被告の開設する病院で右第2CM関節固定術及び骨移植の手術を受けた一審原告が、同病院の医師の過失により橈骨神経が損傷し、損害を受けたと主張して、一審被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償金5822万7332円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。
原審は、一審被告の使用者責任を認めた上で、後遺障害等級12級と判断し、1728万0160円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で請求を認容したが、控訴審では後遺障害等級9級と判断し、3385万5640円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
争点
1 本件手術によって橈骨神経浅枝が損傷されたか否か(過失の有無)
2 後遺障害の等級(損害額)
重要な判示(過失)
<一審判決の判示>
本件手術は,右手背の第2CM関節付近を切開して行うものであるところ,前記前提事実(2)ウのとおり,本件手術で皮膚切開する手関節部の皮下には,本件神経が走行し,前記認定事実(2)ケ(ア)bのとおり,橈骨神経浅枝は,医療行為によって損傷を受けることが多く,橈骨神経浅枝を損傷しないよう注意を促す医学文献も存在していることからすると,本件手術の際に本件神経を損傷した可能性はあり得る。
B医師が,本件神経を保護する標準的な手順を怠ったことを示す証拠は何ら存しないが,医原性末梢神経損傷の事例を研究したところ,整形外科医による上肢の末梢神経損傷の症例が多く,外科医の経験年数の長い術者により神経損傷が引き起こされている傾向があることを指摘する文献が存することは,前記認定事実(2)ケ(ア)bのとおりであり,B医師が通常の手順で本件手術を行ったとしても,本件手術により本件神経を損傷した可能性が直ちに否定されるものではなく,本件手術後の本件神経の状況や原告の症状その他を考慮して,総合的に判断すべきものである。
第2手術の午前10時49分4秒頃の時点で本件神経の連続性が失われていた旨のC医師の証言は信用できるところ,前記認定事実(1)オ(ア)fのとおり,C医師は,同時点まで,瘢痕組織を剥離して本件神経の近位側を同定し,遠位側に向けて本件神経に癒着する瘢痕組織の剥離を行っているところ,前記認定事実(2)イ(ウ)のとおり,本件神経は,健常な状態であれば神経剥離術を行うに十分な太さを有しており,前記認定事実(2)イ(イ)のとおり,神経を損傷せずに神経剥離術を行うことは困難な手技ではない。
しかし,前記認定事実(1)オ(ア)fのとおり,狭細部は,健常な橈側の神経と色が異なっていた上,本来の2分の1から3分の1の細さになっており,しかも,C医師により,途絶部で連続性を失っていることが確認されたのであるから,本件神経は,第2手術の開始時点で既に切断されていたか,神経剥離術に耐えられない程度の損傷を受けていたというべきである。
ア 以上検討したところによれば,本件神経は,第2手術の開始時点で既に切断されていたか,神経剥離術に耐えられない程度に損傷したことが認められ,外傷性神経腫の原因となる神経の損傷は,第2手術の際,既に生じていたものと認められる。
このことに加え,上記検討した本件手術後からの原告の症状,本件手術の内容,本件手術を行った関節の直上で本件神経が狭細化し,途絶していたこと,他に本件神経が損傷する原因となる事情が認められないことを総合すると,本件神経は,本件手術の際に損傷したものと認めるのが相当であり,これに反する証拠はない。
イ 皮膚の切開から閉創に至るいずれの段階のいずれの手技により,本件神経が損傷したかは特定されていないが,本件手術において注意義務を尽くしたとしても,橈骨神経を損傷することがあり得るといった主張もない以上,本件においては,B医師に何らかの手技上の過失があったものと推認せざるを得ない。
重要な判示(因果関係・損害)
一般に,外傷性神経腫に伴う疼痛のため,患者は日常生活に支障をきたし,さらには廃用手に移行することもあり(甲B12・243頁),また,手領域の神経腫は痛みを伴うものであり,しばしば患者が日常生活を遂行することを困難にするものであること(甲B14の1・499頁)が認められる。この点について,1審原告は,現在,利き手である右手の痛みが続いていること等から,従来行っていた整体師の仕事をしておらず,服の脱着が難しい等日常生活に支障を来している状態である旨供述しているところ,上記供述は上記指摘と整合しており,信用することができる。
そうすると,1審原告の後遺障害が,後遺障害等級7級4号にいう「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するということはできないが,後遺障害等級9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するというべきであり,労働能力を35%喪失したものと認めるのが相当である。
弁護士からのコメント
医療弁護士オンラインの弁護士齋藤が担当した事案です。
手術中に神経を損傷したことが避けがたい合併症だったという主張を被告病院がしてくることも予想されましたが、被告病院は、本件手術中には神経損傷が生じておらず後医による手術によって神経損傷が生じたとの立場を譲りませんでした。そのため、本件手術中の神経損傷の有無によって被告の過失の有無が左右されることとなりました。
被告病院の主張が上記のような主張をしたため、後医による全面的な協力を得ることができました。
原告の後遺障害はCRPSの基準を満たさないものでしたが、控訴審では後遺障害の実態が適切に評価され、より高い等級の認定を勝ち取ることができました。