患者(被害者)の属性
女性 69歳 既往症なし判例要旨
亡Bが右下肢に異変が生じたため被告法人の開設、経営する病院において本件医師の診療を受けたが、その2日後に死亡したことにつき、亡Bの夫である原告X1及び同子である原告X3ないし原告X5らが,同病院の本件医師には的確な検査をすべき義務があったにもかかわらずこれを怠った注意義務違反があると主張して、被告法人に対し、不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき、各損害賠償を求めた事案。
認容額:
X1に対して 約2480万円
X3ないしX5に対して 各 約893万円
争点
(1) Bの死因(争点1)
(2) Bの診療に関しC医師に注意義務違反が認められるか(争点2)
(3) C医師の過失とBの死亡との間の因果関係(争点3)
(4) 原告らの損害及びその額(争点4)
重要な判示(過失)
(1) Bの死因(争点1)
「以上の臨床経過及び検査所見を踏まえて考えれば,Bは,20日頃に虫に刺されたことに起因して壊死性筋膜炎に罹患し,24日頃にその症状が現われ始め,29日,鑑定人の見解と同様に,壊死性筋膜炎に起因する敗血症性ショックと多臓器不全により死亡したと認められる。」
(2) Bの診療に関しC医師に注意義務違反が認められるか(争点2)
「壊死性筋膜炎は,救命のために一刻を争うものであって,緊急手術が必須であることから,病初期における局所所見において典型的症状を示す前の段階でも,全身症状が高度であれば壊死性筋膜炎を疑うべきであるとされる(上記2(1)イ(イ))。そして,仮に皮膚病変が帯状疱疹であったとしても,発熱や歩行障害を伴う重症例については,鑑別診断及び病態把握のために迅速な血液検査及び画像検査を初期対応として実施すべきである(鑑定の結果)。(中略)これを本件についてみるに,上記1(2)から(4)までに認定した事実によれば,27日の時点で,Bには,38.4度ないし38.1度の発熱,右下肢に腫脹,局所的な発熱,発赤,歩行困難を伴うほどの強度の疼痛が認められ,Bを診察したD医師が入院加療を要するとして,県立病院にBを紹介し,C医師も,Bの主訴及び県立病院からの診療情報提供書から,Bが虫に刺されたこと,Bの右大腿から下腿にかけて前面内側部分に紅斑,水疱,発赤,腫脹があることや疼痛がひどいことを認識していたことが認められ,これに壊死性筋膜炎の皮膚病変が多様であることを併せ考慮すれば,同日時点で,紫斑,壊死,血疱など,壊死性筋膜炎の典型的症状が認められない状態であったとしても,皮膚科の常勤医師であるC医師としては,鑑別診断及び病態把握のために,迅速な各種検査を実施すべき注意義務があったというべきである(少なくとも,帯状疱疹との鑑別のために,迅速検査として日常診療に普及しているTzanck試験を行うべきであった(上記2(3)ウ)。)。それにもかかわらず,C医師は,視診により「帯状疱疹」及び「刺虫の疑い」と判断したのみで,迅速診断のための検査を何ら行わなかったものである(なお,C医師は,CF検査を行っているものの,結果が出るまで相応の期間を要するため,迅速診断としては適切ではない(鑑定の結果)。)。以上によれば,C医師には,Bの診療に当たって,壊死性筋膜炎などの感染症を疑い,迅速な血液検査と細菌学的検査など帯状疱疹と鑑別のための検査を行うといった注意義務を怠ったというべきであって,注意義務違反が認められる。」
重要な判示(因果関係・損害)
(3) C医師の過失とBの死亡との間の因果関係(争点3)
「そこで検討するに,壊死性筋膜炎に罹患した場合,起炎菌,病状進行の早さや 基礎疾患により予後が異なる(鑑定の結果)ところ,甲B第6号証では,下腿に壊死性筋膜 炎が発症後,1週間が経過した57歳女性及び80歳女性について,基礎疾患として糖尿病 が認められたにもかかわらず,抗菌剤投与及び壊死組織除去術(デブリドマン)の実施によ り,予後は良好となった症例が紹介されている。また,同じく甲B第6号証によれば,来院 時に既にショック状態であった2例についても,上記各施術により,いずれも救命に成功し ている。 イBについては,細菌学的検査による起炎菌の同定がされていないため,起炎菌の 種類を検討することはできないものの,上記4(1)イ(ウ)のとおり,証拠上,Bに既往症 は認められず,また,27日にC医師の診察を受けた時点で,Bは,壊死性筋膜炎が発症し てからそれほど日にちが経過しておらず,未だショック状態にまでは至っていなかった(上 記1(4)参照)のであり,このようなBの状況を,上記ア記載の症例に照らして考えれば, 27日の時点で,C医師において,上記5で検討したような適切な検査が行われていれば, Bの全身の病態が把握された上,デブリドマン等上記2(1)エの治療が施されることで,当 時69歳の女性であるBのその当時における死亡を回避できた可能性は十分認められる。(中略)もっとも,上記2(1)オの各医学的知見によれば,壊死性筋膜炎に罹患した場合, たとえデブリドマン等の適切な処置が施されたとしても,一定程度の死亡率があることが統 計的には認められ,鑑定人も,上記3(3)のとおり,27日の時点で,Bに対し標準的治療 が行われたとしても,同人を確実に救命できたとは断言できないとの見解を示している。 しかしながら,上記各知見については,基礎疾患の有無や病状の進行状況について明らか でないものが多く,Bの救命可能性を検討するに当たり,その数値をそのままBの死亡率と して用いるのは相当でないというべきである。そして,上記のとおり,Bには既往症が認め られないことや,27日時点の病状の進行具合を踏まえると,Bが,上記2(1)オ記載の統 計結果の基礎資料となった患者の中でも,死亡する可能性が高い部類に入るとは考え難い。 確かに,本件証拠上,27日の時点でBを確実に救命できたとまでは認められず,鑑定人 もその旨の見解を述べているところではあるが,上記(1)のとおり,因果関係の立証は,一 点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,医師の不作為と患者の死亡との間に高度の 蓋然性が認められるか否かにより判断されるものであって,確実に救命できたとまではいえ ずとも,因果関係がそれだけで否定されるものではない。 (4) 以上によれば,27日の時点で,C医師において,適切な検査がされていれば, Bの29日の時点における死亡を回避できた高度の蓋然性が存していたというべきであって ,C医師の過失とBの同日の死亡との間の因果関係が認められる。」
(4) 原告らの損害及びその額(争点4)
【Bの損害】
ア 死亡慰謝料2000万円
イ 逸失利益1481万2923円
ウ 老齢基礎年金359万7614円
エ 葬儀費用129万8780円
オ 霊標一式11万円
カ ア~オの小計3981万9317円
【損害賠償請求権の相続について】
上記カ記載の3981万9317円のうち,X1は,1990万9658円,原告X3,原告X4及び原告X5は,それぞれ663万6553円の損害賠償請求権を相続。
【 原告ら固有の慰謝料】
X1 250万円
原告X3,原告X4及び原告X5 各150万円
【 弁護士費用】
X1につき240万円
原告X3,原告X4及び原告X5につきいずれも80万円
【合計額】
原告亡X1相続財産 2480万9658円
原告X3,原告X4及び原告X5 各893万6553円
弁護士からのコメント
本件においては,原告らが死因が壊死性筋膜炎であると主張したのに対して,病院側は死因は肺梗塞,心原性または脳出血などの突発的な原因であると考えられると主張しました。
これに対して,裁判所は「Bに既往症は認められず,そもそも,29日にBの処置を担当したE医師においても,Bの死因について,右下腿蜂窩織炎を原因とするショック状態とし(上記1(6)ウ),被告の主張するような上記突発的な原因に関する言及がないなど,本件で顕れた証拠に照らしても,Bの死因が上記突発的な原因によるものであったといえる事情はうかがえない。被告の主張は,飽くまで抽象的な可能性の提示にとどまるといわざるを得ず,他に上記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。」として,病院側の主張を否定しました。