判例集

医療事故

判例情報・出典
名古屋高裁判決平成29年7月7日 カテーテルアブレーション後に脳梗塞を発症

神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

63歳・男性 持続性心房細動

判例要旨

持続性心房細動の治療を目的とするカテーテルアブレーションを実施した際に脳梗塞を発症し、左上下肢の機能全廃及び高次脳機能障害の重篤な後遺障害が残存した事案において、担当医師に禁忌とされる左心耳内血栓を疑わせる所見を見落とした過失があったと認めて、医療法人に損害賠償を命じた事例。
認容額:約7901万円

争点

(1)カテーテルアブレーションの禁忌である左心耳内血栓の所見又はそれを疑うべき所見を見落とした過失の有無
(2)上記見落としと脳梗塞発症との因果関係の有無

重要な判示(過失)

(1) カテーテルアブレーションを実施する医師の注意義務について
 前提事実記載のとおり,左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合のみならず,その存在が疑われる場合であっても,カテーテルアブレーションを実施することは禁忌とされているから(原判決5頁10から11行目),血栓の存在を疑うべき所見が認められる場合に,これを看過してカテーテルアブレーションを実施した結果,患者に脳梗塞等の重篤な後遺症が残った場合には,担当医師は,血栓の存在を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかったことによる過失責任を免れないと解すべきである。
 (2) 本件CTの画像について
 証拠(甲B23,乙A2)によれば,7月22日に撮影された本件CTの画像には,控訴人の左心耳内に10数mmの球状の陰影欠損が存在することが認められ,控訴人から提出された各医師の意見書(甲B19の1,甲B22,23)によれば血栓の存在を強く疑うとされ,被控訴人から提出されたI医師の意見書(乙B18)においても,上記陰影欠損について血栓を疑う旨が記載されていることに照らせば,少なくとも7月22日時点で,控訴人の左心耳内に相当な大きさを有する血栓が存在したことが強く疑われるというべきである。
(中略)
 そして,本件施術が特に緊急を要するものではなく,仮に血栓が存在した場合に重篤な合併症を引き起こすおそれがあったこと,本件CTの実施日から本件施術の実施日までの期間が12日間であったことに照らせば,本件CTにより血栓を強く疑わせる陰影が認められた以上,C医師は,本件TEE(注:経食道心エコー)に際し,控訴人の左心耳内をより慎重に検査して,血栓を疑わせる所見がないことを十分に確認する義務を負っていたというべきである。
 (3) 本件TEEの画像について
 そこで,本件TEEの画像から左心耳内に血栓の存在を疑うべき所見はないといえるかについて検討するに,証拠(乙A3)及び弁論の全趣旨(被控訴人の平成25年4月17日付け準備書面(2)添付資料3等)によれば,「12:08:50」の画像には,左心耳内の入口付近にクローバー様の異常陰影が存在すること,「12:11:39」,「12:15:30」及び「12:16:42」の各画像には,左心耳内にいぼ様の異常陰影が存在することが,それぞれ認められる。
 ア クローバー様の陰影について
 被控訴人は,本件TEEの画像上に現れたクローバー様の陰影について,ダイナミックに形状が変化し,後の画像で消滅していることから,スラッジ(注:明らかな血栓形成を伴わない粘性のエコー輝度)であると主張し,C医師が同旨の供述をする。
(中略) 
「12:08:50」の画像上,クローバー様の陰影の境界はかなり明瞭であり,形状が変化しているのではなく,ひらひらと動いているようにも見えること,「12:11:39」までのわずか3分間足らずの間に,明瞭に描出されたスラッジが完全に消滅することは考え難く,単に撮影断面の違いから描出されなかった可能性も否定し難いこと,専門医であるG医師(甲B4の1)及びF医師(甲B22)が,上記各画像を見た上で,血栓を考える旨の診断をしていることに照らすと,本件TEEの画像のみから,クローバー様の陰影がスラッジであると断定することはできない。
 イ いぼ様の陰影について
 被控訴人は,本件TEEの画像上に描出されたいぼ様の陰影は櫛状筋であると主張し,C医師が同旨の供述をする。
 しかしながら,一般に櫛状筋は,線状構造で,櫛の歯のように並列して存在するところ(乙B14・93頁等),C医師が,いぼ様の陰影を櫛状筋と判断した根拠として述べるのは,いぼのように見えたものが対側に向かって連続してつながっている様子があったという点であるが,C医師自身,一般には櫛状筋はマッチ棒のように頭があって下に筋肉が続く構造をしており,本件TEEの画像のように先細りになって対側と連続するように写ることは多くないことを供述しており(証人C・52,59頁),いぼ様の陰影が一般的な櫛状筋の形状とは異なることを認めている。また,櫛状筋に関する書証(乙B20)には,成人の心耳は,径が1mm超の櫛状筋を有するとの記述があるのに対し,本件TEEの画像(乙A3)によれば,いぼ様の陰影の径が1cm程度あることが認められるところ,C医師は,本件TEEの画像の目盛りを読み違え,上記陰影の径が5mm程度であることを前提に,櫛状筋としては比較的大きめであると供述し(証人C・23頁),いぼ様の陰影の径が一般的な櫛状筋と比較して大きいものであったことを認めている。
 他方で,専門医であるG医師,F医師及びE医師が,本件TEEの画像を確認した上で,いぼ様の陰影についていずれも血栓又は血栓を疑う旨の診断をしている。また,血栓の形状は様々であり,心耳壁や櫛状筋に有茎で付着する場合もあるとされていること(乙B3・424頁図6,乙B11・198,199頁図13等)に照らすと,いぼのように見えたものが対側に向かって連続してつながっている様子があったことから,直ちにいぼ様の陰影が血栓である可能性を否定することはできない。
 以上によれば,本件TEEの画像のみから,いぼ様の陰影が櫛状筋であると断定することはできない。
ウ 本件TEEの画像の異常陰影が血栓であると疑わせる事情
 左心耳内の血流速度のピーク速度が20cm/sを下回ると,左心耳内に血栓が形成されやすくなるとされているところ(甲B24),本件TEE時の左心耳内の血流速度は,12時13分記録のドプラ法による計測値からピーク速度が19.2cm/sと15.4cm/sで,いずれも20cm/sを下回っていたことが認められる。そして,上記認定した医学的文献(乙B14・32,33頁)によれば,左心耳内の血栓と櫛状筋の鑑別はときに難しいことがあり,もやもやエコーや左心耳血流速度などを参考にするとされているところ,C医師は,本件TEE時にもやもやエコーが見られたことを認めている(証人C・16,19頁)。
エ これらの事情に照らすと,本件TEEの画像上に認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影が,スラッジ又は櫛状筋であって,血栓を疑わせる所見でないと判断することはできないというべきである。
(中略)
(5) 以上によれば,本件TEEの画像から認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影は,血栓を疑わせる所見であったと認められるから,C医師には,本件施術を実施するに当たり,血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失があったと認められる。

 

重要な判示(因果関係・損害)

 被控訴人は,本件施術直後に発症した控訴人の脳梗塞の原因について,本件施術中にカテーテルの先端に生じた血栓によるものである旨主張する。
 しかしながら,カテーテルアブレーションの適応と手技に関するガイドライン(甲B16)によれば,血栓塞栓症のリスクを軽減するため,アブレーション中のヘパリン投与は必須であり,活性化凝固時間(ACT)値を300秒以上に維持することにより,左房内血栓形成を減少させることが可能とされているところ(同38頁),本件施術中もヘパリンが適切に投与され,ACT値がほぼ300秒以上に保たれていたこと(乙A6・14頁),心房細動に対するアブレーション手技の合併症発生率は全体で平均5.2%であり,うち脳梗塞の出現頻度は平均0.27%とされており(甲B16・39頁表10),そこには左房内既存血栓によるもの,術中管理が適切でなかったものも含まれることが認められるから,適切にACT値が管理されていた本件施術において脳梗塞の合併症が生じた可能性は極めて低いと考えられる。
 この点のほか,本件施術直後に控訴人が発症した脳梗塞は,右中大脳動脈を完全に塞栓するもので,相当程度の大きさと粘度のある血栓によるものと認められること,上記のとおり,G医師を始めとする複数の医師が,本件TEEの画像上の異常陰影が血栓であることが疑われるとの所見を述べていることを併せ考慮すれば,控訴人が脳梗塞を発症した機序については,本件施術中にカテーテル先端に生じた血栓によって脳梗塞が発症したと推認するよりも,控訴人の左心耳内に存在した既存血栓が本件施術により移動して発症したと推認する方が合理性が高いと考えられる。

弁護士からのコメント

カテーテルアブレーションは、特殊なカテーテルを血管を通じて心臓内部に挿入し、不整脈を起こす原因となっている異常な電気信号の発生箇所を焼き切ることで、不整脈を治療する治療法です。有効な治療法ですが、左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合のみならず,その存在が疑われる場合であっても,カテーテルアブレーションを実施することは禁忌とされています。
本件では、事前の検査により血栓の可能性を疑うべきだったか否かが主な争点となりました。第1審では過失が否定されましたが、名古屋高裁では、画像所見が第1審(名古屋地判H28.2.17)よりも詳細に検討されており、結果として過失が肯定されています。

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