判例集

医療事故

判例情報・出典
千葉地裁判決平成28年3月25日 術後縫合不全による敗血症

神村 岡
弁護士
神村 岡

患者(被害者)の属性

60歳女性

判例要旨

医療法人である被告Y1法人の開設する本件病院において被告Y2及び被告Y3による内痔核根治術を受けた亡Hが、手術の4日後に縫合不全を原因とする敗血症によって死亡したのは、手術時の手技上の過失及び術後管理上の過失によるものであるとして、亡Hの遺族である原告らが損害賠償を求めたのに対して、被告病院の術後対応の過失を認め、請求を一部認容した。
認容額:合計約4640万円

争点

(1)手術後に入院を継続させなかった過失の有無
(2)再入院時に血液検査及びX線検査等を行わなかった過失の有無
(3)過失と死亡との因果関係

重要な判示(過失)

(1)手術後に入院を継続させなかった過失の有無
 本件手術において,本件プロキシメイトが正常にファイヤせず,その結果,ファイヤすることによって縫い合わされるべき粘膜と粘膜が,一部(直腸全周のうち約4分の1)で離隔するという,約300例ものPPH法による手術の経験があった被告Y2も初めて経験するような事態が発生したのであるから(被告Y2本人),術後の経過観察について,PPH法による手術を行った通常の場合と比較すると,より慎重な経過観察が必要であったというべきである。
 しかし,本件手術においては,前記2で検討したとおり,被告Y2らに過失が認められない態様で追加縫合がされたことにより,本件プロキシメイトが正常にファイヤしないという事態への対処はされたものと評価できることに加え,本件手術で使用した麻酔の効果が切れ,ベッドを90度まで起こした状態でも亡Hから痛みなどの訴えがなく,バリアンス(退院に向けての工程から逸脱する現象)がなかったこと(乙A3)などを考慮すると,亡Hについて,1月26日に被告病院を退院した時点において,本件手術で正常にファイヤしなかったことにより粘膜が離隔した部分から細菌が入り込み,直腸の穿孔につながるなどの有害事象の発生が予見されていた,あるいは,その徴候があったとは認められない。そうすると,被告Y2及び被告Y3に経過観察のため亡Hの入院を継続させるべき義務までは発生していなかったというべきである。

(2)再入院時に血液検査及びX線検査等を行わなかった過失の有無
 本件手術において,本件プロキシメイトにつき正常なファイヤがされず直腸粘膜が離隔したため,手縫いによる多くの追加縫合を行ったという経過からは,後に縫合不全が発生する可能性があることは否定できない。また,本件手術部位は直腸であり,後腹膜に含まれるところ,K鑑定及びM鑑定によれば,後腹膜における炎症では腹痛等が発生しない可能性があると認められる。さらに,縫合不全は,直腸穿孔などを引き起こし,重大な結果をもたらす可能性がある上(弁論の全趣旨),前記(1)ウ,エのとおり,亡Hは,被告病院に搬送された時点でこそ体温及び酸素飽和度は回復していたものの,搬送される救急車の中において,いったんはショック状態に陥ったという経過があることも考慮すると,I医師は,亡Hの鎮痛のための処方をするとともに,縫合不全を含む重篤な疾患が発生している可能性についても併せて検討すべきであったといえる。
 本件各鑑定をみると,K鑑定では,一般的には血液検査等を行うと思われる,疼痛の原因がはっきりせず,術後2日後に救急搬送されている点を考慮すれば,理学所見のみで緊急検査の必要なしと判断するのは適切ではなく,貧血の出現や炎症所見の有無,腰椎領域の異常の有無を判定することは標準的な対応と思われるとされている。また,M鑑定では,原因検索のための検査は行われるべきであった,来院までの経過から手術の合併症は疑うべきで,縫合不全を否定するためにも血液検査やCT検査は行うべきであったとされている。
 K鑑定及びM鑑定を総合すると,腰椎麻酔後神経障害の疑いと診断したとしても,I医師には,他に原因がある可能性を否定することなく,少なくとも,貧血の出現,炎症反応の有無等を判定するための血液検査を行うべき義務があったというべきである。

重要な判示(因果関係・損害)

 入院時検査を行わず誤診した過失と亡Hの死亡との因果関係について,M鑑定では,「自分で症状を訴えることができ意識状態は問題なく,血圧は保たれており,ショック状態ではないと判断でき,この時点で術後合併症を疑い,血液検査,CT検査が行われていれば,縫合不全の診断がついた可能性が高いと考えます。この時点で全身状態が悪化した場合,緊急開腹手術を行うことを検討しつつ,絶食,点滴,抗生剤による保存的治療が行われていれば生存していた可能性は高いと考えます。」とされている。また,K鑑定では,「救急隊到着時,あるいは入院時の脈拍数は90拍/分を超えている。CRP高値や白血球異常が見られた可能性は極めて高い。したがって,再来院時には敗血症であったと思われる。また,臓器不全の合併(腎機能障害や血小板減少)が見られ,すでに重症敗血症に至っていた可能性も否定できない。適切な対処がされたとして,死亡率は10-20パーセントであったと思われる。」とされている。
 これらの意見を踏まえると,1月28日午後10時51分頃に亡Hが被告病院に再来院した頃に血液検査が行われていれば,その結果から,CRP高値や白血球異常が認められることとなり,それを受けて通常はCT検査の必要性が認められて同検査が行われ,縫合不全との診断がされることとなった高度の蓋然性が認められる。
 そして,K鑑定では,適切な対処がされたとして,死亡率は10から20パーセントであったと思われるとされており,M鑑定では,この時点で全身状態が悪化した場合,緊急開腹手術を行うことを検討しつつ,絶食,点滴,抗生剤による保存的治療が行われていれば生存していた可能性は高いと考えると結論付けられていることを考慮すれば,縫合不全との診断を前提として適切な治療がされた場合には,高度の蓋然性をもって亡Hの救命が可能であったと認められる。
 したがって,I医師及び被告Y2の,入院時検査を行わず誤診した過失と亡Hの死亡との間には相当因果関係があったというべきである。

弁護士からのコメント

 術後の縫合不全により、感染症を発症することがあります。本件は、感染症から敗血症に至り、その過程で患者が病院に搬送されたものの、医師らが術後の縫合不全の可能性を十分に検討せず、必要な検査を行わなかったことから、敗血症に対する対処が遅れて死亡してしまったという事案です。
 本件で痔核に対する治療として行われたPPH法は,自動吻合器(プロキシメイトILS)を用いて,直腸粘膜を環状に切除吻合することにより,肛門粘膜を高い位置につり上げて痔核脱肛をなくすという手術です。この手術が本件では予定されたとおりに行かず、手縫いによる追加縫合が行われたという経緯があり、このような経緯も踏まえて、縫合不全等の可能性を考慮して検査を行うべき義務が肯定されています。

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