患者(被害者)の属性
被害者である原告Aは、原告Bの妻で、過多月経等の治療のため被告病院を受診していた。判例要旨
原告Aが被告町の運営する病院で処方された避妊薬の服用により血栓症を発症し、重度の身体障害を負ったとして損害賠償を求めた事件。
裁判所は、最後に処方された薬剤が血栓症の発症原因と認め、被告町に対する債務不履行責任を認定したが、被告Cに対する不法行為責任は否定した。
争点
- 薬剤の処方と血栓症の発症との因果関係の有無
- 本件薬剤の処方と血栓症の発症との間に事実的因果関係があるか。
- 添付文書違反の有無
- 本件病院が薬剤の添付文書に反して処方したか。
- 検査・経過観察義務違反の有無
- 本件病院が必要な検査や経過観察を怠ったか。
重要な判示(過失)
前提として、医師の処方行為と原告Aの本件血栓症との間に事実的因果関係を認めたが、認められるのは、平成25年11月20日の本件血栓症の発症前最後の処方(I医師によるもの。以下「本件処方」という。)に限られるとした。
添付文書違反:
「原告Aは、添付文書上は『慎重投与』の対象であり、平成17年ガイドラインによれば、『分類2-リスクを上回る利益』に当てはまるに過ぎないから、本件処方については添付文書に違反してされたものとは認められない。」とし「本件処方については添付文書に違反してされたものとは認められない。」とした。
検査・経過観察義務違反:
本件薬剤の「使用上の注意」として、投与中は6か月毎の検診が必要であり、検診の内容としては血圧測定等が含まれるところ、被告病院において本件処方の6か月前には血圧測定等は行われていない(認定事実⑴)。ここで「使用上の注意」において血圧測定等が要求されているのは、血栓症等の発症のリスクを把握するためであると考えられるから、I医師には、添付文書上要求される血圧測定等を行わずに漫然と本件薬剤を処方した注意義務違反が推定される(前記最高裁平成8年1月23日判決)。そして、原告Aには、初回の投与から6年以上、血栓症の発症等がなかったものの、「40歳以上の女性」を「慎重投与」とする添付文書上の記載からすれば、加齢によって血栓症のリスクが上昇することは看取可能であり、少なくとも添付文書記載の6か月の検診を行って原告Aの状況を把握しなければ、本件薬剤の処方に当たって適切な判断をすることは困難であるといえるから、初回の投与から6年以上血栓症の発症等がなかったことは、前記推定を覆す事情足り得ない。そのほか、全証拠を総合しても、前記推定を覆す事情はないから、本件処方には、添付文書上要求される血圧測定等を行わずに漫然と本件薬剤を処方した注意義務違反が認められる。
重要な判示(因果関係・損害)
「本件血栓症の発症は本件薬剤が原因となっていると認められる」とし、「本件処方時に添付文書上要求される血圧測定等を行っていれば、その測定値等に基づき、本件処方が回避された蓋然性が認められるから、同注意義務違反と本件血栓症の発症との間には法的因果関係が認められる」として因果関係を認定した。
弁護士からのコメント
添付文書の記載に関する最高裁判例(最判平成8年1月23日)は、添付文書の記載に反する医療行為について過失を推定するという枠組みを提示しましたが、その後の裁判例は、その推定を覆すものが多く、必ずしも最判がそのまま妥当する事例は多くないとの理解もなされています。
一方、本件では、端的に経過観察を怠っており、その点において過失の推定を覆す特段の事情も認められなかったものであり、その結論は妥当であるといえるでしょう。最判の枠組みが端的に示された一例としての価値があるものと思います。
本件では、医師Cを軸に不法行為責任を組み立てたところ、医師Cの行為については過失がないとされ、その後の医師Iの行為により過失が認定されています。その理由は、血栓症を引き起こした過失行為が、最初の行為とはいえないという理由があったと思われます。どこかで適切な対応がなされていれば問題が生じなかったという意味では適切な判断なのですが、原告代理人弁護士としては、もう少し広く過失主張をしておいても良かったのではないかと思います。
上記の違いについては、不法行為か債務不履行かの構成の違いに過ぎませんが、遅延損害金に大きな差が出ることとなります。損害額も大きいため、この点は無視できない金額となったと思われます(平成26年から仮に8年間とすると40%にもなります)。
しかもこの件では最初は被告の町を訴えていなかったため、途中からは時効のために不法行為責任を追及できず、よりその遅延損害金の起算点は後ろになってしまったものと思われます。