コラム

はりま姫路総合医療センター・肺がん見落とし―『肺がん疑い』の記載を見過ごした1年4か月

【事故の概要】

 兵庫県は5月18日、県立はりま姫路総合医療センターの前身である旧姫路循環器病センターで、70代男性患者の肺がん所見を主治医らが見落とす医療事故があったと公表しました。男性は2024年8月に死亡し、県は死亡との因果関係が否定できないとして、遺族に約891万円の損害賠償を支払う方針です。

 報道によると、男性は2022年1月、腹部大動脈瘤の手術時にCT検査を受け、肺内部のしこりが放射線診断科医の報告書に記載されました。しかし、当時の主治医らはこれを見落としています。さらに同年3月、別の手術後のCT検査でも同じしこりが確認され、放射線診断科医は「肺がん疑い」と明記しました。それでも、その時の主治医らも確認せず、見落としは継続しました。男性が肺がん(ステージ3)と診断されたのは、2023年5月に閉塞性肺炎で受診した時でした。約1年4か月後の死亡となります。

【「読影レポート未確認問題」―2回続けて見落とされた】

 本件で最も重大な点は、放射線科医が2回にわたり所見を指摘していたにもかかわらず、2回とも主治医らがこれを確認しなかったという事実です。

 CT・MRI等の画像検査では、放射線科医が読影レポートを作成し、依頼元の主治医がそれを確認することで初めて検査結果が患者の診療に反映されます。本件では、放射線科医はその役割を果たしていました。1回目はしこりの存在を指摘し、2回目には「肺がん疑い」と明確に記載している。にもかかわらず、主治医側がこれを2回連続で見落とした。これは個人の確認漏れというより、診療情報の伝達システムそのものが機能していなかったと評価せざるを得ません。

 県も「重要な診断情報の共有体制が機能していなかった」と認めています。読影レポートの確認状況を電子カルテで管理する仕組みや、緊急性の高い所見を主治医に直接連絡するアラートシステムなど、見落とし防止のための仕組みは既に各病院で導入が進んでいますが、本件のように2回連続で見落とされる事例が発生していることは、こうしたシステム整備の遅れや形骸化を物語ります。

【賠償額――891万円という金額をどう見るか】

 県が支払うとしている賠償額は約891万円ですが、通常の死亡事案に比して低額にとどまっています。
 70代男性が肺がんの早期発見の機会を1年4か月にわたり奪われ、結果として死亡に至った事案です。「適切な時期に発見されていれば救命できた高度の蓋然性」までは認めにくく、「救命できた相当程度の可能性」の侵害とされたのでしょう。
 県側は「死亡との因果関係が否定できない」というぼかした表現を用いているますが、これは「2022年1月の段階で発見されていれば確実に救命できたとは言い切れないが、救命可能性は否定できない」というニュアンスといえます。
 しかし、最高裁判例では、がんの見落としの事案で、実際に死亡した時点で生存していた高度の蓋然性が認められれば、因果関係が認められるとされており、その場合にはより高額の賠償が認められる場合があります。本件でもこれだけの期間の差があれば、因果関係自体は認められるべきではなかったでしょうか。

【「肺がん疑い」と書かれていたのに―過失の明白性】
 本件は、過失の認定という観点では極めて明白な事案です。
 2回目の読影レポートには「肺がん疑い」と明記されていました。これを主治医が確認しなかったということは、診療情報の伝達義務違反として、注意義務違反の認定は当然です。県が責任を認めて賠償に応じる姿勢を示しているのも、この過失の明白性ゆえと考えられます。

【先行事例との関係】
 先日、神戸市立医療センター西市民病院でも、外傷の診断目的で撮影されたCT画像に映っていた肺がんを放射線科医が見落とし、約1年5か月後に進行がんとして発見された事例が公表されました。また、雲南市立病院では検査結果記載の見落としによる5年間の診断遅延が報じられたばかりです。
 本件はそれらと異なり、「放射線科医が所見を指摘していたにもかかわらず主治医が見落とした」という、より組織的な情報共有の問題です。読影する側の過失ではなく、読影結果を受け取る側、すなわち診療科側のシステムの問題として位置づけられます。「読影」と「主治医による確認」の両者が揃って初めて画像診断は機能するのであり、本件はその後段が完全に機能していなかった事例です。

【おわりに】

 放射線科医が「肺がん疑い」と書いた紙片が、誰にも確認されないまま1年4か月が経過しました。その間に肺がんは進行し、患者は閉塞性肺炎で受診したときには既にステージ3となっていました。ご本人及びご遺族の無念は察するに余りあります。県が責任を認めて賠償に応じる姿勢自体は評価できますが、賠償額が適正水準と言えるかは若干の疑問が残ります。
 同種の事案で疑問を感じられる方は、専門の弁護士に相談されることをお勧めします。

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